※少しだけ捏造設定有ります














初恋は実らない。
よく聞く話だ。それだけ聞くということは、体験している人間が多いのだろう。

眠りについたお姫様は王子様のキスで目覚める。
絵本などでもお決まりのストーリー。これは現実で信じてる者など幼子くらいだろう。

「さて、最後の悪役仕事だ。」

深夜のホテルで、トロンは仮面を被り直す。その脇には三人の息子の姿はない。
二人は知らないし、一人はトロンのおつかいに出掛けている。

人の恋路を邪魔すると、馬に蹴られるんだっけな、と小さくため息をつく。
全て終わったら、抱き締めてあげよう。
例え愛しい息子に、蹴られることになったとしても…。



***



「ねぇトーマス。頼みがあるんだ。」
WDCも終わり、三兄弟も目覚めて、トロン…もとい父・バイロンも幼い姿だが回復したころ、トーマスは父親に頼まれ事をした。
父親に頼られることが嬉しくて、しかし素直に出すのは恥ずかしいトーマスは渋々という感じで引き受ける。
「それで、何をするんだ?父さん。」
「ちょっとした…おつかいと、謝罪かな。」




こうして、トーマスは父親に頼まれた事を後悔しながら、深夜のハートランドの病院内にいた。
残りわずかな紋章の力で入った病室には、薄明かりのもと、一人の華奢な少女が横たわっている。
眠り続ける少女の体には、生きるために、いくつもの管が繋がれていた。周りには機械が常に動いており、少女が生きている事を知らせている。

眠り続ける少女…神代璃緒は、トーマスが傷つけ、トーマスが命を懸けて助けた少女だ。

トーマスが傷つけた体は全て癒えている。
しかし彼女の目元には包帯が固く巻かれており、傷が癒えているにも関わらず目覚めることはない。
璃緒の美しいルビーの様な瞳を隠す包帯は、彼女を守るためのもの。
医師も、双子の兄である凌牙も、気付かない。
傷ひとつない彼女が目覚めない理由を。

璃緒は、トロンの紋章の力で深い眠りの中にいる。
それは、トロンにとっては凌牙を手中に収めるシナリオの一つであり、自分達家族の脅威になりかねないからであった。
しかしトーマスにとっては、璃緒を戦いから、バリアンから守るためでもあった。
璃緒の瞳が開かない限り、璃緒が目覚めない限り、彼女が巻き込まれることはない。
しかし、紋章の力が弱まっている今は、いつ璃緒の眠りが突如解けるかわからくなった。
突然の目覚めは、璃緒の力が暴走して、彼女の体に負荷がかかるだろう。

だからトロンは決めた。
璃緒がゆっくり、徐々に目覚めるようにする、と。
そしてその実行をトーマスに託した。

「…オレは、お前を目覚めさせたくない。」

これから、バリアンが本格的にナンバーズを狙いに来るだろう。
そして凌牙はナンバーズを持っている。
目覚めた璃緒に待っているのは、事故の前より、辛く厳しい未来だ。
そんな想いをさせたくない。
トーマスの勝手なエゴだ。


「オレは…これから家族と遠くに行くんだ。だからお前を守ってやることもできない。」

璃緒に聞こえるはずもないに、トーマスは眠る少女に謝罪する。

「すまない…オレは、いつも守ってやることができない。傍にいることも、何も…!」

璃緒がトーマスに守られることを望んでいない事も知っている。
それでも、守りたかった。
璃緒にとっては、自分を傷つけ、自分を助けた初対面の、顔見知り程度の人間だろう。
だが、トーマスにとっては一目で魅せられたデュエリストであり、助けた時から命に替えても守りたいただ一人の女の子だった。

「オレを、恨め。」

トーマスが璃緒のすぐそばのベッド脇に立つと、突然、頬の十字傷に痛みが走る。
ジワジワと滲みるように痛む古傷を手で押さえながら、蹲る。

これは、璃緒からの拒絶の痛み…?
それとも、恨み?怒り?憎しみ?

トーマスは歯を食いしばり、その痛みを受け入れる。
璃緒に与えられるもの全てが、トーマスにとってかけがえないものだった。
もう二度と会えないのかもしれない…そう思えば、痛みだって覚えていたい。

「…目覚めれば、嬉しいこと、楽しいこと、沢山あるだろう。」

最愛の兄、その周りの仲間達に囲まれ、幸せそうに微笑む彼女を想う。

「だが、それ以上に…過酷な未来が待っている。許せ…。」

璃緒の目覚めの鍵は、トーマスが持つ。先ほど、トロンより与えられた、鍵。

「許せ…なんて、言えねぇな。やっぱり、恨め。」

再び傷痕が、ひきつるように痛む。頭痛と耳鳴りまでしてきた。もしかしたらこれは体調不良なのかもしれない。
璃緒の目覚めの鍵すら、トーマスが持つには相応しくないと拒絶されているのではないだろうか。

『馬鹿にしないでくださる?』

耳鳴りが、幻聴までも作り出したようだ。
璃緒の、声が聞こえた気がした。

『ふざけないで。あなたに憐れまれるほど、わたしは柔じゃないわ。』

頭の中に響く声が、幻聴ではないと気づいた時には、古傷の痛みも頭痛も耳鳴りも全て一瞬で消えた。

「…璃緒…?」

嘘のように消えた痛みに、トーマスは驚きを隠せずにいた。
辺りを見回すが、変わらない無機質な病室に、眠り続ける璃緒。

今の声は一体何だったのか。
璃緒の目覚めの鍵を持っている為に、彼女と思考がリンクしたのかもしれない。
それにしても璃緒は、トーマスが思うよりも、ずっと強かった。


恐る恐る璃緒の手に、自分の手を重ねる。
トーマスよりも少し冷たい手から、先ほどより優しい声音が伝わってきた。

『あなたの一年間は、幸せじゃなかったの?』

璃緒の問いに、トーマスは咄嗟に肯定しそうになったが…古傷が少し疼いて冷静になる。

璃緒が眠りについてから一年…辛いこと、悲しいことばかりだった。先が見えなくなったことも、一度や二度ではない。
だが、強いデュエリストとの決闘、離ればなれだった家族とのひと時、トーマスにとってかけがえのない時間も確かに存在した。

「…幸せだ。」

璃緒の伝えたいことがわかった。
辛い未来かは、璃緒が決めること。
トーマスが決めつけることではない。

「色々あったが…それ以上に幸せだった。」

折れそうな細い手を握りしめる。
これも紋章の影響なら、紋章が消えた時には璃緒は今のことを全て忘れてしまうだろう。

残酷なことをするな…父さん。

「璃緒、幸せになってこい。…お前には、その資格がある。」

眠り続ける璃緒の口元に笑みが浮かぶ。
それを確かめたトーマスは、何重にも包帯で巻かれた璃緒の瞳とは対照的に、惜しげもなく晒された額に唇を落とす。

カチリ

目覚めの鍵が、開かれた。

唇を離すと、すう、と紋章の力が消えていくのを感じる。
璃緒との唯一の繋がりが、消えるのだ。
名残惜しさを振り払って、身を引こうとした時。

『ありがとう…。』

消えゆく紋章と同じように、消えそうな小さな璃緒の声が聞こえた。
そして―――全て消える。

目に見えない繋がりも、璃緒の声も、今の記憶も璃緒の中から消える。
無機質な病室は、設定通りに動く機械が一定の音を立てているだけだ。
まるで、真夏の夜の夢のように。
トーマスは、ゆっくりとカーテンの閉まった窓に近づく。そっとカーテンを開くと、窓ガラスにベッドへ横たわった璃緒が映る。

今は、これで十分だ。
触れるには…璃緒は綺麗すぎる。
窓に映る少女しか見えていないトーマスは、自分の表情に気づかない。
背中を震わせる、自分の姿は見えない。
ただ、ゆっくりと目覚めの時を待ちながら再び眠る1人の少女を、いとおしそうに見つめ、忘れないよう瞳に焼き付ける。

「ありがとう、璃緒。」

どうか、彼女に辛いことが少しでも降りかからないことを祈って。
どうか、これから歩む未来が幸せであることを願って。

窓ガラスに映る璃緒の唇にキスをしたトーマスは、静かに微笑むと光の中に消えていった。





END














ここまで読んで頂き、ありがとうございます。

よく考えたら、最後のWくん…ポスターにチューする現象といっしょじゃないかな、と思ってしまいました。だからよく考えずに読んでください…!





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