ぽかぽか暖かくなってきた春。モクバは学校帰りに拾ったある物を、早く兄に見せたくて自宅に帰りもせずに、一目散に海馬コーポレーションの本社へ向かった。

苦笑する運転手にカバンを預けて、多忙な兄が居るであろう会社に飛び込むと社員達の挨拶もそこそこに、偶然いた磯野を捕まえ、兄の居場所を聞き出して社長室へと走る。
エレベーターに乗った所で、モクバはやっと一息ついた。

エアコンとエレベーターの機械音しか響かない室内は、春の兆しを微塵も感じさせない。

忙しい兄はずっとエアコンで適温に調節された部屋にいるから、まだ春だと知らないだろう。

「兄サマ、喜ぶかな・・・」

大切そうに春の証を両手で包み、モクバは1人微笑む。

エレベーターが止まり、ドアが開くとはやる気持ちを抑えながら、社長室へと向かう。

モクバはちょっと驚かそうと、ノックをしないで社長室に入ろうとする。

しかし。

「・・モクバか?」

入る前に何故かバレた。
慌ててドアを開けると、いつものようにパソコンを開いて仕事をする兄がいた。

「何でオレってわかったの?」

「さぁな。」

海馬は心底不思議そうなモクバを見て、思わず口元が緩む。

海馬にしてみれば、大人ばかりのこの会社でパタパタと軽い子どもの足音が聞こえたら、モクバ以外居るわけがないのだが・・。

「ところで、今日はどうしたんだ?」

とたんに、モクバの表情が明るくなる。

「兄サマ!これ見て!!」

モクバは勢いよく海馬に見せるように腕を伸ばすと握りしめていた手を開く。

「さくら!」

小さなモクバの手の平に、薄桃色の花びらが3つ乗っていた。

「もうそんな季節か・・・」

海馬は本当に気付かなかったのか、驚いたような声を出す。

想像以上の海馬の反応に、モクバは満面の笑みで海馬の表情を見つめる。

「兄サマ。またお仕事が落ち着いたら・・・お花見行こう?」

断られるかもしれない、と内心ビクビクしながらモクバは海馬の反応をみる。

無表情の海馬に、モクバは不安になってしまう。

こんなに子どもっぽいから、オレは兄サマの力になれないのかなぁ・・・?

お花見なんて、忙しい兄サマにお願いなんかして・・・もう少し大人だったら、もっと兄サマが喜ぶことをしてあげれたのだろうか。

嫌な考えばかりがぐるぐると脳内を彷徨う。

「・・・土曜日だ。」

突然、海馬の声がモクバの上から降ってくる。
何のコトだろうと聞こうとすると、海馬の大きな手がモクバの頭を優しく撫でてきた。

「土曜日までに仕事に区切りをつける。花見は土曜日でいいか?」

海馬は困った様子もなく、暖かい眼差しでモクバを見ていた。
モクバは不安のあまりきゅっと締め付けられていた心が、その眼差しだけでゆっくりと解けていくのを感じる。

「うん!ありがとう兄サマ!」

モクバの笑顔につられるように、海馬の顔にも笑みかこぼれる。
モクバにしか見せない、兄の笑顔。

それを知ってるモクバは、いつもさらに嬉しくなるのだ。

オレしか知らない、兄サマの笑顔だ・・・って。

「兄サマ、約束だよ?」

「あぁ」

海馬はうなずくと、その約束を守る為にパソコンに視線を戻す。
それを察したモクバは一歩身を退いて、邪魔にならないようにする。

しばらく真剣に仕事をする海馬を見ていたモクバは、パソコンの横にある確認済みの資料をみつけた。

「兄サマ。この資料、各部署に届けようか?」

本来は磯野にでも頼む仕事だ。しかし今日は磯野の方も忙しいらしく、海馬の居場所を聞いたとたん本社の外に飛び出して行ったのを思い出したので、モクバは聞いてみた。

「済まないが・・・頼んでいいか?モクバ。」

「任せてよ、兄サマ!」

海馬の役に立てるのが嬉しくて、モクバは資料の束を持って社長室から元気よく出てゆく。

まだ子どもの自分は、これくらいしか出来ないけど・・・はやく兄サマに追いつきたいな。

おっきくなれば、兄サマの仕事ももっと手伝えるし、兄サマが嬉しくなる方法がわかるかもしれない。

オレの、身体、心、はやくおっきくなれ。

兄サマの夢は、オレの夢。
兄サマの・・オレ達の夢が叶うように、世界中に子ども達の為の海馬ランドが作れるように。

はやく・・・・・兄サマの力になりたい。

モクバの想いは、窓の外の春風の様にどこまでも暖かかった。


* * * *


一人社長室に残った海馬は、ため息をつく。

モクバの考えは、顔に出ていてとっくに気付いていた。

・・・・・・・・そんなに、急ぐな。

海馬にしてみればそう思ってしまうのだか、モクバにそんな事を言ったら傷つくに決まっている。

正直、もっと甘えてほしい・・・昔の様に。

いつからだろう・・・モクバがワガママを言わなくなったのは。早く大人になろうと足掻くようになったのは。

花見くらい、あんな申し訳なさそうな顔をしなくても行ってやるのに。

そんな顔をさせてる原因が自分という事実に、やるせなくなる。
せめて花見はモクバが喜ぶ事をしてやれないかと、仕事もせずに海馬は本格的に考えはじめた。

その後、モクバが戻って来るまで海馬の悩みは続いたという。


花が咲き、葉が芽吹き、生き物が目覚める、あたたかい春。

鉄筋コンクリートに覆われたビルの中も、兄弟の互いを想う気持ちであたたかくなっていた。


END





あれ・・・・?最初モクバをお雛様の格好させる話だったハズなのに(オイ

社長が大人しいのは気にしないでください←






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