※ちょっとだけ暴力表現・性的表現があるので注意!過去捏造注意!
裏切られ、絶望しきった表情はとても美しい。
凌牙にそう伝えたのは、デュエルの全国大会からしばらくしてからだった。
何もかもを失った13歳の少年は、曇りない瞳でWを見上げた。かさついた唇が、それと同時に動く。
「おかしな奴だ。」
年齢より落ち着いた声は、ここ数ヶ月で身に付けたものだろう。
守るものもない彼には、大人びる以外にこの世界を這いずり回る術がない。
………今の彼は、とてもつまらなかった。
「まだ謝罪が足りないのか?」
「いいえ。あなたの顔を見たかっただけですので。」
絶望にうちひしがれた様子を。
だが彼は想像以上に早く全てを諦めており、Wの姿を見ても、怯える事も狼狽える事もなく淡々としている。
期待外れだった。
「美しかったか?」
凌牙は先ほどの言葉を思い出したのか、自嘲するような笑みを浮かべてWに問う。
Wは少し迷ったが正直に答えた。
「十人並みだ。前の方が美しかったぜ?」
しかし今の自嘲するような顔は少し、そそられた。
「そうか」と変わらぬ顔で、凌牙は口調の変化したWにも驚かない。
「なら、オレは絶望しきってないと言うことか。」
感情の無いはずの凌牙の瞳が、ゆらりと怒りに燃えているように見える。
そういえば、青い炎は温度が低いんだつたな、とWはその瞳を見て思った。
「てめぇは今、絶望してるのか?凌牙。」
「…………………………。」
凌牙には絶望する時間を与えたりなかった。Wはあの大会後忙しく、凌牙に構う暇もなかった…それが失敗。デュエリストとしては落ちぶれたが、絶望にはほど遠い。
大会の直後の凌牙は最高だった。
周りに責められ、自分自身も責め、全てを失い、真っ青な顔でWに何度も何度も謝罪をする彼は…素晴らしかった。この少年が更に絶望のドン底に落ちていったら、どれほど美しいだろうと興奮した。
だが、彼はそれ以上落ちて堕ちていかなかった。
彼の心は壊れず、ある意味で強(したた)かな生き方をしていたようである。
「美しくねぇのは、嫌いだ。」
落ちないならば、堕とすまで。
最高にサービスしてやる。
何かを感じたのか、無言で凌牙は逃げようとする。その細い腕を掴むと、逃がさないように締め上げた。
「っ…は、なせよ…!」
発展途上の幼い筋力で、大人に近い男の筋力に敵うはずがない。
場所の悪さも折り紙つきだ。デュエルチャンピオンと汚れたデュエリストのレッテルを貼られた人間が会うには人気のない場所しかなく、だれも居ない廃屋で会っていたのだ。
「凌牙…お前最近、夜遊びしてるだろ?ガキなんだから気をつけねーと、すぐ犯されるぜ。」
「…おかされる……?」
意味が分からないようだ。こちらの知識はまだ付いてないのだろう。
廃屋の床の上に、勢いよく凌牙を押し倒す。今日初めて、凌牙の顔が恐怖の色に染まった。
「いっ…なにすんだてめぇ!離しやがれ!」
「美しいオレのお人形にしてやるんだ。感謝しろよ?」
服の中に侵入したWの手に、凌牙は本能的に危険を感じたのだろう。がむしゃらに暴れだした凌牙の頬をWは何度も平手打ちする。
「…っい…うぁ…あ」
抵抗が弱まると、Wは力任せの暴力を止める。呻く凌牙の唇は切れて血に染まっていた。瞳から溢れた涙が腫れ上がった頬を伝い、床に染みを作る。
「イイ顔だぜえ?もっと、たっぷり可愛がってやるからな。」
「いやだ…やめろ…」
Wが凌牙の涙を舐めとると、歯を食いしばって凌牙はWから逃れようと、力ない四肢でもがく。
「やめろ?誰に向かって言ってるんだ凌牙ぁ?てめえがオレのデッキ盗み見なきゃこんな事にならずにすんだんだろ!」
「…………っそれは、本当に…悪かった。」
凌牙の四肢の動きが止まった。涙と血と唾液でぐちゃぐちゃの顔を上げて澄んだ碧眼が真っ直ぐにWを見つめ、謝罪をする。
「でも、それとこれは…」
「償えよ。」
ああ、落ちぶれても変わらない、その真っ直ぐな目が…………気持ち悪くて気持ち悪くて仕方ない!
気持ち悪いのは、大嫌いだ。
「償えよ、その身でなぁ!凌牙!!」
澄んだ碧眼が濁るまで、犯して犯して犯して犯して犯して。涙が枯れ果てるまで、嬲(なぶ)って嬲って嬲って嬲って嬲って。哀れな絶望少年の出来上がり。
呪いのように全身が色んな体液にまみれ、失ったものは数知れず。
硝子玉のような瞳に、蝋人形のような血の気のない肌、薄い胸が僅かに上下していなければ、本当に人形のようだ。首に残る締め上げた時にできた手の形のアザは蝶の影の様で気に入った。
美しい。
「大切なものを失って、さらに多くのものを失った気分はどうだ?」
頬を撫で上げただけで、小さな悲鳴が上がる。よく聞けば吐息のような声で「ごめんなさい」と何度も、Wにも、他の者に向かって言うようにとれる心ない謝罪を、身体を縮めて繰り返す。
「美しいぜ、見ろよ凌牙?」
凌牙の顔を無理矢理上げると、Dゲイザーのカメラ機能で撮った凌牙の姿を見せる。
ただの、脅し用だ。
それを見て我に返った凌牙は、目を見開くと首を左右に振った。
「美しくなんか、ない…醜い、汚ねー…!」
先程の怯えた様子ではなく、写真の自分にひたすら嫌悪感を露にした。
「てめえにはこの美しさがわからないのか…残念だ。」
ガシャン、とWの手からDゲイザーが落ちる。Dゲイザーを弾き飛ばした凌牙は、絶望を引きずりながらも、再び立っていた。
「ひとが何かを失った姿なんか…美しいわけがないだろ…!?」
濁った碧眼が真っ直ぐにWを貫く。
絶望はたしかに凌牙を飲み込んだ筈なのに、彼はまだ真っ直ぐにWを見る。
だから、凌牙には関わりたくねぇんだよ…トロン。
兄と弟が、絶望しきった表情をしている。
視線の注がれる先は、自分の顔に巻かれた包帯の下にある、大きな傷。片目の視力は保証できない、傷痕は一生残るだろう、と医者から告げられた醜い傷だ。
「酷い…許せない……許さ、ない…兄様を……こんなぁああ……」
弟はついにオレにすがって泣き出した。
自分達家族をボロボロにした復讐の相手は、どれほど憎しみを、絶望を、自分達に与えるつもりなのか。
弟を慰める言葉もでない。第一、傷が痛くて口を動かす事すら難しい。
「…すまなかった。」
上から兄の、震えた声が聞こえた。顔をあげると、包帯のせいで見えにくいが、優しい微笑みを失った兄が眉間に皺を寄せていた。
「痛いだろう…。すまない……守ってやれなかった…!!」
こんな辛そうな兄の声は初めてだ。その声音を聞いて、気づく。
この傷は、自分を傷つけただけじゃないのだ、と。
幼い無垢な弟も、温厚な兄も、深く深く傷つけたのだ。
絶望したような、兄弟の悲痛な表情にオレは何もできなかった。多分、オレも同じ顔をしている。
「兄様、痛い?痛いよね…。兄様にこんな酷いことをした悪魔を、ボクは…どんな事をしても許せません!」
「お前…」
弟が、涙ながらに復讐の言葉を告げる。
あぁ、心優しい兄も、心優しい弟も、壊れてゆく。
「だから泣かないで下さい…兄様…」
驚いた。
自分も泣いていたのだ。
そっと兄が、傷口に触れないように気を付けながら、抱き締める。兄に抱擁されるのはいつ以来だろうか。
「……いや、泣いていい。お前は、泣くのを我慢しすぎる。」
涙を拭う兄の労るような仕草に、幼い子どもに戻ったような気分になる。
「…バカ…我慢なんて、してねーよ。オレはこの顔が切られた時だって、泣かなかったんだぜ………くそ、なんだよ…。」
止まらない涙が流れるのは包帯で隠れることない片目だけ。傷を負った瞳は、決して涙を流さない。
それに兄も気づいたのだろうか。耐えるような表情を浮かべて、兄は弟とオレを引き寄せて、まとめて抱き締めた。
「よく聞け、二人とも。」
長身の兄が、二人の視線に合わせて体を屈めた。
「これから再び、このような事があっても…わたしはお前達を守れないかもしれない。復讐の為、必ず傍にいてやることは不可能だ。」
可笑しな話だ。
家族の為の復讐が、家族を犠牲にするかもしれないのだ。
「…………強くなろう。もう何も奪われたくない…失いたくないんだ…!」
それでも、この道をオレ達兄弟は選んだのだ。
どんな犠牲を払っても、復讐をとげて…また家族で笑いあえる日を迎えるまで。
傷が、この日を忘れるなと…それ以来なんどもオレに訴えかける。
絶望に打ちひしがれた中でも、兄も、弟も、高貴で美しかった。
醜いはずがない。
美しいんだ。
気を失った凌牙を、Wは介抱もせずにただ見下す。
最後の気力で立ち上がったのだろう。バカな奴だ。
真っ直ぐオレを貫いたって、中身がドロドロのオレには意味がないというのに。
自分の気持ちは変わらない。
「絶望した時の顔は…美しい。」
そうでなくては、いけないのだ。
あの時の家族の顔は美しかったのだから。
誰よりも、どんな時よりも、世界で一番……美しくなくてはいけないのだ。
END
トロン兄弟にも数字じゃなくて本当の名前があるのではないか、と過去の話は名前を出さなかったのですが……わ か り に く い !!(´Д`;)
ゲスなトロン兄弟書きたいな…。
ここまで読んで下さりありがとうございます!!