パロディ




小さい頃、両親に連れられてある小さな町に来ていた。5月のことだった。母親のど実家のある町だったんだと思う。両親は幼いオレから見ても仲があまりよろしくなかったようだ。その田舎に来て、オレの祖父母にあたるであろう人物たちとともに、何か話し合いをしていて、オレがその話し合いの中に入れるわけもなく縁側で1人、ぼうっとしていた。
空を見上げてみると、見事に快晴で都会で生まれたオレにとってはとても澄んだ青色、澄んだ空気だった。このまま寝てしまおうか、と目を細めたときだった。
ふわり、と青一色だった視界に小さなピンク色が飛び込んできたのだ。

「……桜…?」

5月に桜?思わず飛び起き辺りを見渡すが桜の木なんてないし桜の花びらだって散っていない。やっぱり気のせいかと気落ちした。するとどうだ、微かに鼻をくすぐる桜の香りが確かにしたのだ。どうしてか分からないけれど、オレは門を出てその家から飛び出した。


確信もなく足の進むままに進み、神社を抜け森を抜けた先に、本当に今まで森を通ってきたのかというように突然と原っぱに出た。丘の上に大木があるだけで他には何もない。何かに吸い寄せられるようにその木へと近付く。

「桜の木だ……」

しかしその木は当然、もう青々とした葉がなっていて、花なんか咲いていなかった。そうっと木に触れてみる。そのときだった。

「余所者かい」

いきなり頭上から声がした。驚いて勢い良く見上げると、桜の木の上に人影があって、飛び降りてきた。思わず瞑った目を開けると銀色の髪の毛をもった男がそこにいた。それが風介との、出会いだった。




「風介ー!」

それから数年、両親は離婚した。
母に引き取られたオレは母親の実家に住むことになり、毎日のように桜の木のある場所へ通うようになった。あの日出会った男は風介、と名乗った。着物を着て、何故かいつも桜の木とともにいる。不思議な男だ。その不思議な男に何故かは惹かれるものがあったみたいでオレは風介にすっかり懐いてしまった。

「聞いてくれよ、オレ今日かけっこ1位だったんだぜ!」

「元気だけはいいからね、晴矢は」

オレの話をくすくすと笑いながら聞いてくれる風介は、オレの初めての友達だった。風介になら何にでも話せたし、風介のことをオレは誰にも話さなかった。一度、祖母に5月に桜の花は咲くかと聞いたことがある。すると祖母は優しく笑いながら言った。「桜の妖精さんの仕業かもね。」と。風介は妖精なのだろうか、本人に聞いてみたい気もしたがやめた。どっちにしても、風介は人間ではないとなんとなく分かっていたからだ。

季節は巡り、小学校、中学校、高校と何度目かの春がきた。その年も満開になった桜と、変わらずの姿の風介。

「今年も満開だな」

「そうだね」

「…オレ、高校卒業したんだ」

「うん」

「この町、出るよ」

いつの間にか風介と背が同じくらいになって、オレは高校卒業してこの町を出ることにした。

「遠いのかい」

「そうだな、うんと離れた所に行く」

「そうか」

易々と帰って来られないくらい遠い場所。分かっていた、もう風介に会えるのは最後だと。

「オレが帰ってくる頃にはさ、風介よりも歳とっちゃってるぜ」

「ふふ、」

「やだなー、オレが爺さんなのに風介はそのまま、なんてさ。多分しわくちゃの爺さんだぜ」

「君に変わりはないさ」

「はー、……」

ざわざわ、桜の木が揺れる。
花びらも散って、桜の香りに包まれる。
風介の香り。

「晴矢」

風介を見る。風介は、綺麗な顔をしていた。綺麗な笑顔だった。オレの頬を撫でて、風介の深緑色の瞳がゆっくり閉じられる。オレもゆっくり、瞼を下ろした。

「行っておいで」






それから何年か。
オレは再びこの場所へ来た。
風介の桜の木は、あの頃のように立派にそびえ立ってはいなかった。切り倒されて、そこには未だ根をはる切り株状態となってしまっていた。

「……風介?」

むき出しになってしまった年輪をそっと撫でながら、話しかける。

「久しぶり。帰ってきたぜ」

切り株に寄りかかるように腰を下ろす。不思議なことに、風介がそこにいるような気がした。

「オレさ、結婚したんだ」

―そうかい。

「娘も生まれた。すごく可愛い」

―ふふっ、そうだろうね

「名前はさ、」

ざわざわざわ、
もう葉も枝もないのに、聞こえた声は、風介が笑っていたのだろうか。優しい、とても優しい風が吹いた。オレはいつまでも、風介に寄りかかっていた。空は青色一色だった。

(今度さ、娘を見せたいんだ)

(ああ、是非連れておいで)





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