「晴矢、裾曲がってる」


本当は。


「あ、悪い」


本当は、分かっている。
風介が晴矢のことを本当に大事に思っていることも、晴矢が風介を好きなことも。小さい頃からずっと一緒にいた晴矢は実を言うとオレの初恋だった。男の癖に病弱なオレと違って晴矢は太陽のような女の子だった。オレの側で、ずっとあの明るい笑顔でいてほしい。でも、もっと晴矢の側にいるべきなのは、


「全く。女らしくしたらどうだい」

「うるせーな!」

「そうだよ晴矢、女の子なんだから」

「なっ、しっ茂人まで」

「まぁ私はそんな晴矢でも好きだよ。愛してるぞ晴矢!」

「うるせえええ」



「 う ふ ふ 」



わしっ。

そんな効果音が聞こえたと思ったら、晴矢を背後から抱き込むようにして密着している人物。しかもその手はしっかりと晴矢の両胸を掴んでいた。


「……へ」

「晴ちゃん…また胸大きくなったんじゃない…?」

「ひゃああ!?」


むぎゅむぎゅと尚も晴矢の胸を揉む…吹雪白雪。こんな廊下で堂々とセクハラ紛いなことをするのはまず彼女しかいない。


「朝から相変わらず愛されてるねぇ〜。晴ちゃんったら可愛い顔して小悪魔っ」

「ちょっ、ふぶき…ぃ」


吹雪白雪は、普通に美少女だ。肌も真っ白でおっとりとした顔が可愛い。男子からも人気が高いが、彼女はオレから言わせてもらうと変人、いや変態、いや痴女、か。

「……っ」

オレの隣では風介が柄にもなく顔を真っ赤にさせて口をぱくぱくさせている。意外にも風介はこういうことに疎いのだ。


「晴ちゃん、涼野くんと厚石くん。どっちにこの胸育ててもらってるのかなぁ?」

「やめ…っつ」

「さぁおとなしく僕に白状しなさい!」

「やー!」


通り過ぎていく他の生徒が微妙な表情で見てくる。廊下の先に、玲名と一緒にヒロトが見えた。向こうもこちらに気付いたが、2人揃って静かに視線を逸らし、そそくさと教室に入っていった。オレだって他人のふりしておきたい。


「…っいい加減にしろ吹雪」


風介が固まってしまっていた身体を動かして、晴矢の胸を揉む吹雪を引っ剥がした。

「いいじゃんか〜」

「こんな公然の場所で女子同士でなんてことしてるんだ!」

「だって晴ちゃんの胸柔らかくて気持ちいいんだもん」

「ふぶきぃ!」


真っ赤になった晴矢と、同じく真っ赤になった風介。吹雪はあはは、と笑っただけだった。周りからの視線に耐えきれず晴矢は逃走し、慌てて風介はそれを追いかけていった。


オレは、晴矢を追いかけようとはしなかった。


「あれ、行かなくていいの?」


相変わらずのにこにこ顔で吹雪が覗きこんでくる。


「厚石くん、晴ちゃんのこと好き?」

「…好きだよ」

「それさ、恋愛的な意味でなの?」


吹雪は思ったよりずかずか聞いてくるタイプだったらしい。そして、とても勘が良い。


「…わからない」


吹雪は気付いているんだろうな。オレだけじゃなくて、風介も、晴矢の気持ちも全部。オレたちが気付いてないことも。


「(当人たち同士が鈍感なだけで見てる方は丸分かりなんだけど…楽しそうだからもう少し黙ってよっと)」




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