Green

 春夏秋冬、どの季節にも植物が芽吹き、実ったり咲き誇ったりする。
 今、世話をしている花壇にはコスモスがピンクや白の花を咲かせている。その花びらが風に揺れる姿が可愛いくて、手にしていた如雨露で水を与えた。
「お前らずっと綺麗に咲いてくれよ」
 そう言葉にしたとき、風にのせた声が耳に聞こえた。
 耳に、というよりは直接頭に聞こえるようなその声は、小さな女の子の声だった。
 その女の子との出会いはすこし前になるけれど、なぜか彼女はこの大学にもたまに現れるようになった。
 姿を見せてくれるのはごくたまにで、いつもは声だけで存在を教えてくれる。
 その存在を否定する者、しない者、人々は様々な反応を示すけれど、俺は否定しない側だった。彼女のような存在をただやみくもに畏怖の対象にするというのは、違うと俺は思う。
 小さな女の子の無邪気そうなその声に、俺はいつも心の中でじゃなく、声にして返していた。
「あぁ。綺麗だろ?これはコスモスといって、秋の桜と言われるぐらい綺麗な花なんだ」
 小さな笑い声は嬉しそうで、ついつい調子にのって花自慢をしたくなる。
「もう少しすれば、サツマイモができるぞ。美味しい秋の野菜だ」
 サツマイモは蔓がたくさん伸びて、葉も生き生きとしている。如雨露の水をサツマイモにも与える。心の中で美味しくなれと念じながら。
 花壇と畑の水やりや土いじりを一通り終え、立ち上がり身体を反転させた。
「…っと!」
 その先にクラウドが立っていた。
「おはよう」
「あぁ、おはよう。いつ来たんだ?」
「今。この時間ならここにフリオニールがいそうな気がしたから」
「今日は早いんだな」
「あぁ」
 少し眠そうなクラウドと短いやり取りをした。
 ふと、クラウドが何か思い出したように言った。
「なぁ」
「ん?」
「今…誰と話してたんだ?」
 クラウドは、視線を外すことなく、真っ直ぐと俺を見て言った。
「誰って…」
 まさか聞かれているとは思わなかった。
 どう言えばいいんだ?
 夏休みの合宿で怪談話をしたときの女の子だって言って信用してもらえるのか?
 俺は昔からそういったものが時々見えた。家族は違うが、その存在のことを言うことで、周囲から気味悪がられることもあった。その時の心ない言葉が今も胸にないとは言えない。
「あの、だな…その、」
 しどろもどろになって、なかなか言葉にできない俺にクラウドは首を傾げた。
「あの話の女の子、か?」
 クラウドが言った言葉に俺は必要以上にびくんと反応してしまったかもしれない。
 クラウドがあの話を覚えていてくれたんだと思ったら、少し気が楽になった。
 息を吸って、女の子に心の中で問い掛ける。
 この人は、きっと大丈夫だから。話てもいいかな?
 そして、俺は口を開いた。
「そうだ。あの時の女の子なんだ。たまに大学にいるんだ」
 言われたクラウドは眼を丸くしたけれど、
「今もいる?」
 と辺りの空や身の回りを見回した。
「あぁ。姿は見えないけど、ずっと俺の肩辺りから声がするから、この辺りにいると思う」
 右肩の辺りを指で示してみせれば、途端にクラウドの眉間にシワが寄せられ、鋭い瞳を向けられた。
 やっぱりクラウドも…
 俺が悲しむ前に、クラウドが首を振った。
「集中してみたけど、俺には見えないみたいだ」
「え?」
「声も聞こえない。才能無いみたいだな」
 残念そうに言うクラウド。
「才能?」
「俺も、その子と話してみたかったんだ」
 だけどダメだったなとクラウドはふわっと笑ってみせた。その笑顔は決して馬鹿にするようなものではなく、本当に残念がっていて、それを見た俺の心はクラウドには悪いけど、温かい何かに満たされていった。
「それから、フリオニールの見ている風景も、…見てみたかった」
「クラウド…」
 まずい。朝から涙が出そうだ。
「その、クラウドは気味が悪かったりしないのか?」
「なんで?」
「なんでって…やっぱ怖がる人はいるし」
「だって、その女の子も今はそのカタチかもしれないけど、元は俺達と同じ人間だろう?」
 柔らかい声が、身に染みた。
 同じ人間だから、畏怖の対象ではないと。
 目の前にいる人物は優しく笑っている。
「何もできない俺だけど、大学にいるなら、俺だって友達になりたい」
 そう伝えてくれるか?とクラウドが言ったけれど、その必要はなかった。
「クラウドの気持ち、ちゃんと届いているさ」
 女の子の声はクラウドには聞こえないだろうけれど、肌で感じることならできる。
「…風?」
 俺とクラウドの周りを、優しい風が頬を撫でて行った。
「喜んでるんだ」
「…そうなら嬉しいな」
 風が過ぎて行った方角を見ながらクラウドが呟くものだから、俺は自信を持って伝えた。
「絶対そうだから、信用してくれ」
「信用してるに決まってるだろ」
 間髪いれずに返ってきた言葉に、今度は俺が目を丸くしたかもしれない。
 その顔が面白かったのか、クラウドがククと小さく笑った。
 なんだかおかしくなって、俺も笑った。



「これサツマイモか?」
 あれから少しして、クラウドに花壇や畑の中を案内していた。
 生い茂るサツマイモを見つけたクラウドの目が輝いた。
「焼き芋食べたいよな」
「焼き芋?唐突だな」
「秋と言えば焼き芋だろ」
「まぁ…言われてみれば」
「皆で焼き芋しないか?」
 そう聞いてくるクラウドの楽しみに満ちた顔を見て否定できるやつがいるだろうか。俺にはできない。
「たくさん収穫できるだろうし、焼き芋パーティーでもするか」
 クラウドはまたもや嬉しそうに頷いた。その顔があまりにも無邪気で可愛くて、俺は少し後退りした。
 そして、石に足を引っ掛けてしまった。
「ぅわっ!」
「フリオニール!」
 咄嗟にクラウドが俺の腕を掴み、引っ張ってくれたが、その細い腕のどこにそんな筋力があったのか、引っ張られた反動で俺は見事にクラウドにぶつかり、クラウドを押し倒す形になってしまった。だけなら…よかったのに。
 無意識にクラウドの頭が地面に激突するのを防ぐため、頭を抱えたのが悪かった。
 俺の唇が柔らかい何かに当たったのは、俺の腕が地面に当たりクラウドの頭を守れたことに安堵した直後。
 目線の先には、俺と同じく驚いているクラウドの瞳。
 俺はクラウドにキスをしてしまっていた。
 それも唇に。
「うわぁぁぁぁぁっ!」
 急いで起き上がりクラウドから離れる。
「フリオニール、ケガはないか?」
「ご、ごごごごめん!」
「?何が?」
「何がって!何がって!そそその…」
 クラウドはキョトンとしている。
「俺はフリオニールが守ってくれたから大丈夫。ありがとな」
 ありがとうとかそんなの聞きたくない!
 脳裏にクラウドの彼の顔が浮かび、俺の頭は恐怖に支配された。
 でももしかして、クラウドのこの反応は、キスされたことには気付いていないのかもしれない。
 そう思って安堵しかけたその時、クラウドから爆弾が投下された。
「あ、でも唇ちょっと切れたな…フリオニールは口大丈夫か?」
「く、口っ!お、俺は…」
 柔らかさを感じれるほどの口づけに、痛みなどあるはずがない。俺は思わず唇を触り、クラウドの唇の感触を思い出し、再び悲鳴を上げた。
「わあぁぁぁぁぁっ」
もうおしまいだ…。せっかく築き上げてきた友情が…俺のバカヤロウ……
「フリオニール」
慌てふためく俺の肩をたたき、クラウドが声を潜めて名前を呼ぶものだから、冷や汗がたらたらと流れ、浴びせられるだろう罵声に目をつむった。
 しかし、クラウドは罵声を浴びせたのではなく、さらなる爆弾を投下してきた。
「今の、…スコールには内緒だからな。あいつああ見えて意外に嫉妬深いから」
 クラウド…スコールはどっからどう見ても嫉妬深そうだぞ。そんなことは口にはしないが、誰もが思っていることだろう。
 クラウドの言われるまでもなく、俺は今の出来事を墓に入るまで誰にも言わない。いや、言えない。
 当分はクラウドもスコールの顔もまともに見れそうにない。
 そんな俺に、お兄ちゃん頑張って、と女の子の声が聞こえた。
 あぁ、頑張るよ。スコールに殺されないように頑張るよ。
 クラウドはもう気にしていないのか、焼き芋パーティーの日取りはいつにしようかと手帳を見ていた。
 この時ほんの少し芽生えた感情が、実ることなく枯れていくことを、俺は真剣に願った。
俺がクラウドの顔を見れるようになったのはそれから一週間経った昼食時だった。
どうか、スコールにばれませんように。
遠くで女の子の笑い声が聞こえた気がした。


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