Blue

 ティナがいると聞いて留学を決めたこの大学にも彼女はいなかった。ほんの数時間滞在しただけでどこか遠くに行ってしまったのだという。行き先の心当たりもなくルーネスはしばらくここに落ち着くことにした。
飛び級の実績は伊達ではない。勉強ばかりしているから常識がないとか精神的に幼いとか言われないように努力してきた。何よりも子供扱いが嫌だった。
ティナのことも子供扱いも、今まで必死に築き上げてきたものが会って間もない一人の男によって崩れようとしている。頭を撫でる手が気持ち良いなんて初めて知った。手を振り払うなんてもったいなくてできない。
特に用も無いのに会いに行くのは変だろうか。一般的に模範とされている行動は分かるが、主観が入るとこれを他人がどう思うのか分らなくなる。何か行く口実はないものかと考えながら準備室の前に立つ。だが思いつくのはどれもくだらないもこばかり。何しに来たの?と言うクラウドの呆れ顔が浮かんで、ルーネスはそこに立ち尽くした。
「じゃあ先生またなー」
中に入ろうか悩んでいるとドアが開いた。出て来たのはクラウドとは似ても似つかない金髪の一年生。元気だけが取り柄の奴だ。特に用もないのに準備室に入り浸って、クラウドだって困っているに違いない。
「あれ?名前何だっけ」
「ルーネス!」
「そうそう、ルーネス」
一度でも会ったことのある人間の名前を覚えていないなんて失礼な奴だ。じっとりと非難めいた視線を送ってもこのティーダという男は気にする様子もない。本当にデリカシーのない奴だと憤慨していたら、ティーダに準備室の中に引っ張り込まれた。
「せんせー、ルーネスが来たぞ」
「ああ。ありがとう」
ほい、とクラウドの前に押し出される。心の準備ができないままの対面に頭が真っ白になる。声も出せず固まってしまったルーネスにもクラウドは優しく微笑んだ。
「いらっしゃい。コーヒー飲むか?それともココアがいいかな」
「あ…」
「ちょうど美味しいお菓子があるんだ」
学部生には出さないんだが、ルーネスは特別だからと洋菓子の箱を開けるクラウドにルーネスは戸惑った。ルーネス?とクラウドが顔を上げる。
「…こ、コーヒー」
「ミルクと砂糖は?」
「いらない」
指定されたソファーに座りコーヒーを淹れるクラウドを見る。ここに入る前の葛藤は何だったのか。まるでルーネスが来るのを分かっていた、というより来るのが当たり前のようなこの雰囲気は何だろう。だがとても心地良く、多少強引だったが中に入るきっかけを作ったティーダにほんの少し感謝した。。
「はい」
「ありがとう」
カップを受け取り向かいに座ったクラウドを見る。コーヒーに砂糖を二杯入れて、意外と甘党なのだと知った。これは甘いとかこっちはチョコレートが濃厚だとか一通り菓子の説明をしてどれにする?と微笑む。最初は戸惑っていたルーネスも真剣な表情で説明するクラウドに釣られてどれを食べようか熱心に選び始めた。
「ねえ」
クラウドが説明するとどれも美味しそうに見える。やっと選んだフィナンシエを食べながらルーネスはずっと心の中にあった疑問をぶつけてみた。
「何?」
「クラウドはここで助手として働いてるんだよね」
「ああ」
「大学院で自分の研究もしてるんだよね」
「ああ、そうだよ」
忙しいはずだ。だったら何故。
「特に用もないのに遊びに来る学生って邪魔じゃない?」
「…ルーネス」
クラウドの顔から笑みが消える。表情のないクラウドはとても綺麗で、でも迫力があって怖かった。クラウドが口を開きかけた瞬間ルーネスは思わず目をぎゅっと瞑った。キツイ言葉を覚悟していたのだがいつまでもそんな言葉は降りてこなかった。かわりにぽん、と頭に手が乗る。
「そんなこと考えてたのか」
優しく頭を撫でられて、子供扱いをされているはずなのに何故か嫌な気にはならなかった。おそるおそる目を開けると優しく微笑むクラウドの顔があった。
「用がなくても来てくれると嬉しいよ。顔を合わせてお喋りをして。それで何か良い考えが浮かぶかもしれないだろ」
それが勉強に関することでも私事でもいい。それに、とクラウドは続けた。肩を竦めて、悪戯っ子のような顔をして。
「用がなければ来られないならこんなところ、誰も来なくなるだろ」
それは寂しい。寂しいのは嫌だと言うクラウドは本当にそう思っているようだった。
だからルーネスももっと来てくれと懇願されると首を縦に振るしかできない。
「もっと教えてくれ。ルーネスのこと」
そんな風に言われて時間がある限りここに来ようと思ってしまう。
「クラウドのことも教えてくれる?」
「もちろん」
ルーネスの心臓が跳ねる。優しくて綺麗なお兄さんというだけの認識だったが、こうして二人きりになると違う感情も芽生えてしまいそうだ。さっきの特別発言といい、助手と学生の以上の感情を持ってくれているのだろうか。
にこにこと笑顔を向けるクラウドを直視するのも恥ずかしくなる。だがその笑顔が見たくてちらちらと見ていると目が合った。慌てて逸らそうとするがクラウドが一層嬉しそうに笑うから目が離せなくなってしまった。
「クラ…」
ドアをノックする音で我に返る。何を言おうとしたのだろう。はっと口を噤むとクラウドの注意はもうそちらに向いたようだった。
「はい、どうぞ」
入って来た男はスコールといったか。にこりとも笑いもしない無愛想な男だ。なのにいつもクラウドの側にいて、クラウドは息が詰まったりしないのだろうか。
「どうした?」
「ああ…」
スコールはルーネスを見て言い淀んだ。聞かれてはまずい話なのだろうか。それが子供扱いに見えてルーネスの癇に障った。
「重要な機密って訳じゃないなら僕は気にしないから話せば?」
別にここで大人の話をされても構わない。ふん、と鼻をならせばスコールはあっさりとクラウドに向きなおった。
「あんた、家の鍵忘れてったぞ」
「そうだったか?悪い」
「今日は一緒に帰れないと話しただろう」
そして鍵をクラウドに渡す。クラウドも当然のように受け取りありがとうなどと笑っている。
ルーネスは目を疑った。当然クラウドとスコールは兄弟なんかではない。ただのルームメイトという関係かもしれないが、二人の間の空気はそんな簡単な説明で済ませられるようなものではなかった。
「夕飯はいらないから」
「ああ」
これが決定打だった。二人は同居している。ただの同居じゃない、同棲だ。
スコールはじゃあ、とルーネスに目もくれず出て行った。それがまたルーネスのプライドを刺激した。お前じゃライバルにもならない。そう言われているような気がして敵対心がむくむくと頭をもたげる。
「ルーネス?」
ドアをじっと睨んだまま動かなくなったルーネスにクラウドが首を傾げる。その様子ではルーネスが嫉妬しているなど思いもよらないだろう。
この気持ちが恋なのかただの憧憬なのかは分らない。クラウドを取られたくない、それだけだ。
「スコールと一緒に住んでるの?」
「え、ああ」
「同棲?」
「えっ?…そう、なるかな」
自覚はなかったようだ。恋人同士なの?とは聞くまでもない。ルーネスの言葉に必要以上に動揺しているのがその証拠だ。うろうろと視線を彷徨わせ、クラウドはこくんと頷いた。
「一緒に寝てるの?」
「えっ…」
顔を真っ赤にして言葉に詰まるクラウドを見てルーネスは自分の失言に気付いた。
「ちがっ、そういう意味じゃなくて」
ならどういう意味なのか。スコールに組み敷かれ喘ぐクラウドの姿が頭を掠めルーネスも言葉を失った。更に墓穴を掘ることになってしまい、もう何も言えない。
「…うん、寝てる」
だがクラウドは誤魔化すことなく頷いた。子供は知らなくてもいいと逃げることもできたはずだ。だが真っ直ぐに向き合う姿勢に嬉しくなる。対等な立場で見てくれているんだ。
「ごめん」
「いや…だが恥ずかしいからあまり聞かないでほしい」
「うん」
二人で赤くなり俯く。ちらりと顔を上げるとクラウドもこちらを見上げていた。目が合うと何だか可笑しくなって笑いがこみ上げる。
「ぷっ」
吹き出してしまったらもう止まらなかった。クラウドも声を上げて笑う。こんな風に笑ったのはいつ以来だろう。
ティナを探していろんな所を転々としてきたが、ここにはしばらく根を下ろしてもいいかもしれない。そう思えるほどクラウドの側は心地が良かった。


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