Yellow

 天井に届きそうなほど高く積み上げられた箱を見上げながらセシルが羨ましそうにいいなあ、と呟く。箱を包む包装紙はいずれも有名な菓子店のものだ。クラウドは顔を上げると小さい山を指差した。
「こっちは終わったから食べてもいいぞ」
「本当?」
「ああ。俺の分も残しておいてくれ」
 セシルは早速一番上の箱を開けた。どこぞの王室御用達のチョコレートだ。一粒摘まんで口の中に入れると芳醇な甘さが広がった。
「美味しい」
 もう一粒摘まんでクラウドの口元に持っていく。薄く開かれた唇に押し当てるとそれはすっと口の中に吸い込まれた。美味い、とクラウドも頷く。
「セシル、もう一個」
「はい」
 それでもデータを入力する手は止まらない。セシルは言われた通りにチョコレートを摘まんでクラウドの口の中に入れた。
 ふ、と触れた唇の柔らかさはマシュマロのようだった。柔らかくて気持ち良い。セシルは触れた指を見た。まだ感触が残っている。肌触りが良くてつい親指の腹で何度も唇をなぞってしまった。
「…?セシル?」
「ああゴメン、ちょっと手触りが良くて」
 他意はないのだと言うとクラウドはその通りに受け取ったのだろう、リップクリームを取り出して机の上に置いた。
「クジャから貰ったんだ。良かったら使ってみるか?」
「へぇ…甘くて良い匂いがするね」
 キャップを開けるといつもクラウドからする甘い香りがした。借りて唇に少し塗ってみると潤っていくような気がして嬉しくなる。
「ありがとう」
「いや」
「凄い量だね。これ全部お菓子?」
「ああ」
 クラウドが入力しているのはセフィロス宛のお中元のリストだ。セフィロスにコネを作りたい業者の接待やら贈り物合戦は他社を出し抜きたいがために年々派手になっていった。それにうんざりしたセフィロスが数年前に窓口をクラウドにした。クラウドが喜ばせた方がセフィロスの覚えもめでたいということに気付いた営業がせっせとクラウドの好みをリサーチして菓子に落ち着いたのは最近のことだ。
 クラウドは送られてきた菓子をリストアップしセフィロスに渡す。礼状を出してしまえば処分は任されている。来客に出すこともあるが、大抵はクラウドの胃袋の中に入ってしまう。まだ学部生だったクラウドの経済状況を知っているセフィロスなりの気遣いだったのだろう。
 当時と比べれば今は少しはましになったが、それでもなかなか手が出せない菓子ばかりだ。クラウドは打ち込む手を止めて嬉しそうに次の箱を開けた。
「あんたもゴルベーザ教授に頼んでみたらどうだ」
「そっか、その手があったね」
 セシルの優しい兄はお中元のひとつやふたつは回してくれるだろう。もしかしたらセフィロスのように管理を全て任せてくれるかもしれない。
 兄さんにお願いしてみようかなと言いながらクラウドの開けた箱の中からクッキーを選ぶ。
「ところで、どうしてこっちでやってるの?」
 セフィロスの用事なら準備室でやるのが筋だろう。この量を研究室から遠く離れた大学院にわざわざ持ってくるのは大変だろうに。
 クラウドはコーヒーを淹れながら苦笑した。確かにセシルの言う通りなのだが。
「あっちでやると終わらないうちに食べられてしまうんだ」
 セシルは瞬時に元気な一年生を思い浮かべた。考えることよりも体を動かしている方が好きな彼は確かにリストアップが終わらないうちに我慢しきれず食べてしまうかもしれない。
 その様子を想像してくすりと笑えばクラウドも笑う。そしてまたパソコンに向かった。
「…ねえ」
「何だ」
「これが終わった後の予定は?」
「そうだな。午後は講義もないし…特にはないな」
「じゃあちょっと出掛けない?」
 お菓子の山に囲まれて幸せだ。その幸せ気分にもう少しだけ浸っていたい。そう思っていたセシルに妙案が浮かぶ。きっとクラウドも喜んでくれるはずだ。
「どこに?」
「ふふ、良いとこだよ」
 だから早く終わらせようと急かす。セシルの笑顔につられたのか、クラウドは戸惑いながらも頷いた。



 古い民家を改装したカフェは趣のある佇まいで隠れ家のようだった。高台という立地も街並みを見渡す景色が素晴らしい。ベランダから少し部屋に入ったちゃぶ台に向かい合って二人はほうじ茶を啜っていた。
「こんな所にこんな店があったんだな」
「看板も出してないから分かりにくいよね」
 平日の昼ということもあり店内は二人の他に客はいなかった。だが気まずさはない。のんびりと過ぎていく時間が心地好い。
「お待たせしました」
 運ばれてきた皿にクラウドの目が輝く。それを見てセシルは来て本当に良かったと思った。
 ひんやりと冷えたココットの中にはスイートポテトが黄金色に輝いている。程よい焼き色も脇に添えられたホイップクリームもまた雰囲気を演出していた。
 スプーンで掬い一口食べたクラウドの顔が蕩ける。
 本当に美味しそうに食べるなあ。セシルは感心しながらスイートポテトを口に入れた。しつこくない甘さが広がる。確かに美味しい。
「美味しいね」
「ああ」
 ココットはあまり大きくないので食べようと思えば三口もあれば平らげてしまえる。だがそれではもったいない。眼下に広がる街並みと会話を楽しみながら二人はゆっくりと流れる時間を満喫していた。
「セシル、ありがとう」
「急に改まってどうしたの?」
「こんなところ、あんたとじゃないと来られないからな」
 そういえばスコールは甘いものが得意ではないという話を聞いたことがある。多少なら構わないがクラウドが満足するほどの量を見るだけで胸焼けがするというのだから、クラウドが遠慮するのも仕方がない気がする。
 だがセシルとは仲良くなったきっかけがこれだ。遠慮どころか積極的に情報交換をしては新しい店を開拓したいところだ。
「可哀想だよね」
「ああ、こんなに美味いのにな」
 それもあるがクラウドのこんなに幸せそうで蕩ける表情を見ることができないなんて。セシルがいつも見ているこの至福の顔はスコールでさえ見たことがないかもしれない。そう思うと胸の奥がくすぐったいような気になった。
 特に隠した訳ではないがこれは自分だけが知るクラウドの秘密だ。
「ねえクラウド」
「何だ」
「たまにはこうして食べに歩こうよ」
残念ながらスコールは抜きで。彼にとっては苦行のようなものだ。そんなのに付き合わせたら楽しいはずの時間が互いに気を使い辛くなる。
 今までいろんな店を一人で食べ歩いてきた。美味しいところは教えてあげたいし、これからは新しい店を二人で探していきたい。
「そうだな」
 今日みたいに授業がない午後には楽しみがあってもいいかもしれないと笑顔で頷くクラウドは陽が当たっている訳でもないのにきらきらと輝いていた。
「あ」
「ん?」
「ここ、クリームがついてるよ」
 クラウドがそこを探し当てる前にセシルは舌で舐め取った。ぺろりと頬を舐められてクラウドが驚きに目を見開く。まるで子供みたいだねと笑うと今度は赤くなった。可愛いなあ。そんな反応をされるともっと構いたくなる。
「せ、セシル」
「何?」
「…誰にも言うなよ」
 唇すれすれのかなり際どい場所だったのにセシルが口付けたことにクラウドは気にした様子もない。セシルの言った通り子供のように頬にクリームを付けていたことを恥じているだけのようだった。
 それだけ信頼されているということなのだが、何だか物足りない。もう少し意識してくれてもいいのに、と残念に思った。
「さあね」
 どうしようかな、と意地悪く笑う。
「セシル!」
慌てたクラウドがセシルの腕を掴む。頼むと手を合わせるクラウドは今まで見たことがないほど必死だった。
「冗談、誰にも言わないよ」
 スコールを含め年下には年長者として振る舞っているクラウドのこんなに可愛い姿を教えるなんてもったいない。固いウォーリアとはこんなことはしないだろうし、知っているのはセシルだけだ。
他の誰も知らないクラウドの顔をいくつも知っている。それで妥協してあげよう。次の店はどこにしようか考えながら大学に向かう。準備室に着いてしまえばクラウド先生の顔になってしまうが今はまだただのクラウドのままだ。ほんの僅かな間だが独占できる喜びを噛みしめながらセシルは隣を歩く愛すべき友人に笑った。


[ 3/7 ]



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -