大統領殺人事件6

「よっ、何してるんだ」
半ば自失で立ち尽くしていたところを後ろから叩かれてスコールはよろめいた。恨みがましい目で見ても、そんな無言の抗議はこの幼なじみには通じない。
「お前の携帯通じなくて困ってたんだ。さ、行こうぜ」
「離せっ、今はそんな場合じゃ…」
「ん?何?」
「だから、あ…いや…」
こちらの都合などお構いなしに腕を引っ張り歩くバッツは相変わらずだ。こんなことをしている場合ではないと思いながらもクラウドを探している理由が理由だけに言うこともできずに引き摺られる。連れていかれた先は大学のクラウドがいつもいる場所、準備室だった。
「おーい、連れてきたぞー」
「悪いな」
スコールは目を疑った。いつもの場所に何事もなかったかのように座っているのはクラウドだ。少し疲れた顔をしていたがふわりと微笑んでいる。スコールを見ると嬉しそうに目を細めた。
「スコール」
「っあ…」
側に行こうとよろよろと一歩進むとティーダに肩が当たった。そこで我に返り周囲を見回す。決して広くはない準備室にウォーリアからティーダ、何故かジタンまで揃っていた。そんな中でクラウドに問いただすこともできずに口をつぐむ。
「急に悪いな」
だがクラウドははにかみながら見る者を魅了する笑みを浮かべた。やっと皆に顔向けできると。
「大丈夫か?」
「フリオニールがついてたんだから死にはしないんじゃない?」
「う、うーん…死にはしないと思うけど、最後まで見てた訳じゃないから…大丈夫かな」
バッツがからかうようにニヤニヤと笑う。散々な言われようだが事実なのだからとセシルの辛辣な言葉もクラウドは気にも留めていない。
一見穏やかなこの時間が崩れるのをスコールは恐れていた。明日にはもうこんな平和はないだろう。
「みんな」
クラウドは立ち上がると一人一人の手を取った。しっかりと握りあって別れを惜しんでいるようだった。
「ありがとう」
「クラウド…」
皆も事情を察してか神妙に頷いていた。中には感極まって泣く者までいてスコールは胸が痛んだ。もう仲間と会えなくなってもきっと幸せにしてやる。淋しいと思う暇もないほど愛してやる。
「スコール…」
決意を新たにしているといつの間にかクラウドが目の前に立っていた。スコールが力強く頷くとクラウドもそっと手を取って頷いた。
「心配かけたな。もう急にいなくなったりしないから」
「ああ…ん?」
スコールも手を握り返そうとしてがさりと何かが手に触れた。見るとそれは袋のようだった。ご丁寧にリボンでラッピングされた袋はこれから逃亡するのに必要なものには見えない。
「何だ?」
「途中までフリオニールに指導してもらったから大丈夫だと思う」
「は…?」
よく見ると皆の手にも同じものが握られていた。さっきの感動的な別れとは一変してクラウドから貰った袋を眺めては嬉しそうに、あるいは悲壮感を漂わせている。
今はクラウドとの永遠の別れのはずだ。それが本人はまるでかやの外で袋ばかり気にしている。
「ちゃんと毒味したか?」
「ああ。アルティミシア所長にもみてもらったから大丈夫、だと…思う、が…」
バッツががさがさと中を開けながら聞く。クラウドはよほど自信がないのだろう。最後の言葉はほとんど聞こえなかった。
それより、今あり得ない人物の名前を聞いた。
「アルティミシアって何だっ」
ああ、とクラウドが笑ってから遠くを見るように ここ数日を回想する。当初の予定が狂って大変だったと。
「本当はあんたの実家を借りる予定だったんだ。なのにラグナは酒飲もうって絡んで離してくれないし、何よりあんたに見つかってしまったし」
「それでっ…それで、殺したのか?」
「へっ?」
一瞬で場が凍る。皆が一斉にスコールを見た。
「確かにあれは人の迷惑も顧みないしウザイが、互いの立場を考えたら…」
それだけ迷惑を被って心に重くのし掛かっていたのだろう。スコールの知らないところで何か言われていたのかもしれない。
「殺したって…誰が?誰を…?」
ティーダが呟くように問う。それはクラウドとスコール、どちらに向けられたのかは分からなかった。だがクラウドは今初めて聞いたように驚いてスコールを見た。
「ラグナ、死んじゃったのか?」
こくりと頷く。誰かがごくりと唾を飲み込んだ音が聞こえた。クラウドは何かを考えてから首を傾げた。
「…いつ?」
「あの時…あんたが家に来た…」
「そうか…ラグナ死んでしまったのか」
「知らなかったのか」
「ああ…」
悲痛な面持ちで俯いたクラウドは痛々しかった。もしかしたら知らせない方がよかったかもしれない。
クラウドはもう一度そうかと呟いて力なくイスに座った。まだ何かを考え込んでいるようだ。あれは…と呟いたきり黙り込んでしまった。
「スコール…」
淋しそうにため息をついてからクラウドが顔を上げる。その瞳は本当に悲しそうで思わず鼻の奥がつんとしてきた。
「あんたがラグナに素直になれないのは知っているが、そういう冗談は言わない方がいい」
「はっ…?この期に及んで冗談なんてっ」
ラグナの死を認めたくないのは分かるが事実は受け入れないといけない。知らないのと受け入れないのは違う。
だが受け入れられないクラウドは昨日もラグナとメールをしたと否定した。そしてテレビの電源をつけた。
「確か今日…ニュースになってればいいけど…」
チャンネルをニュース番組に合わせて数十秒、ラグナが画面に出てきた。エプロンをして嬉しそうにオーブンから天板を取り出す彼は確かにラグナだ。影武者がいるという話を聞いたこともないから確かに彼だ。
「え…は…?」
画面は切り替わり子供達と一緒にクッキーを頬張るラグナがこちらに向かって何か話している。スコールには何が起こっているのか理解できなかった。
「生きてるぞ」
「…っスね」
バッツが事実を告げ、ティーダがそれを肯定する。微妙な空気が流れてスコールも違和感を覚え始めた。
「な、んで…」
「あの夜、酔ってテーブルの角に頭をぶつけて大惨事になってたけど…もしかしてそれか?」
あれは殺人現場ではなかったのか。スコールは自分の認識違いを疑った。だが逃亡の理由が分からない。
「あんた、逃げただろう?」
「それは…まあ…」
知られたくなかったと項垂れるクラウドは一人合点がいったように頭を抱えた。
「皆に内緒でホワイトデーにお返しのクッキーを作ろうと思ったんだが俺はこの通り料理の才能がないし、あんたの家のキッチンを借りてたまさんに特訓してもらう予定だったんだ」
そこまで聞いけばさすがに次の展開が読めてくる。スコールも頭を抱えた。もしかしなくても盛大な勘違いをしていたようだ。
「そしたらラグナが飲もうって」
「で、あいつが酔っ払って自爆したところを俺が目撃したと」
「ああ。あてにしてたあんたの家がダメになったからフリオニールを頼ったんだ」
「だ、だけどいつまでも家に置けないよ」
クラウドとずっと二人きりだったなんてスコールに知れたらどうなるか、とフリオニールが震える。怯えるフリオニールを不憫に思ったクラウドは困った。いつまでも迷惑をかける訳にはいかない。だが行くあてもない。
「そこでアルティミシア所長に拾ってもらったんだ。献血に協力すればメディカルセンターの給湯室を使わせてくれるって」
「……ああ」
完全に勘違いだ。よくよく考えてみればそうだ。たとえ何かの手違いでラグナを殺してしまったとしても、そのまま逃げるほどクラウドは無責任ではない。きっと自ら名乗り出て極刑を望むだろう。
そして気付く。今回の騒動の原因はあの父親なのだと。彼が節度を持って飲酒していれば、クラウドに無駄に絡んだりしなければこんなことにはならなかった。
「あいつ…」
スコールが忌々しく吐き捨てた言葉は準備室にやけに大きく響いた。その後、レウァール家で何が起こったかクラウドも知ることはできなかった。




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