レンズ越しの君

ずらりと並ぶ機材。
キラキラと人工的に作られた光。
鳴り響くシャッター音。
場違いだ。
クラウドはそう思った。
こんな場所で、あんなポーズをとって、それが何日もあるなんて到底堪えられそうもない。
無理だ。
けれどここに移動する間バイト代の話をされ、最初に言われていた金額の三割増しを提示された。
「わしは、その金額でもおぬしには足りないと思うがな」
不敵に笑うダークネスオブザワールド…いや社長の顔が頭から離れない。まさしくダークネスオブザワールドという顔だった。
これもスコールと自分の幸せの為。
クラウドは帰りたいという気持ちを押さえ込んだ。
「あ、先にならし始めてました」
クラウドたちに気づいたスタッフが駆け寄り説明する。
今カメラの前にいるのは、男一人に女が二人。
社長の存在に気づいた全員がならし撮影を中断し、挨拶をする。
そしてクラウドの紹介がされた。
「今日一緒に撮影に入ってもらうクラウドだ」
「よ、よろしく…」
そこにいるすべての瞳がクラウドを見つめ、クラウドはたじろぐ。
「クラウド?やっぱりクラウドなの?」
「……ティファ?」
長い黒髪を後ろに束ねた女性がクラウドに近づく。
「そうよ。久しぶりね」
「知り合いか?」
「幼なじみよ」
ジタンの質問ににこやかに返すティファ。
「本当に久しぶりね」
「あぁ。なんか、…綺麗になったな」
クラウドの中の幼なじみティファももちろん可愛くて村のアイドルだった。けれど今目の前にいるティファは本当に綺麗になって、おまけにかなりのナイスバディの持ち主になっていた。
「やだわクラウドったら、おじさんみたいなこと言っちゃって」
ティファはポンとクラウドの肩を叩いた。
その仕種やティファの明るさにクラウドの緊張が少し緩和して、クラウドはほっとした。
「モデルしてるなんて知らなかった」
「それはこっちの台詞よ」
クスクスと笑い合う二人に、他のモデルが交ぜろよと手を挙げた。
「なぁ俺らの紹介もしてくれよ」
「あ、ごめんなさい。クラウド、ヴァンとユウナよ」
「よろしく!」
「こんにちは」
どこか少しティーダに似ているような少年と、柔らかい雰囲気の少女。
「よろしく」
彼らのもつ空気とティファのおかげもあって、クラウドはその場にすぐ馴染んだ。
聞けばティファとヴァンはここの事務所のモデル、ユウナは街中でスカウトされたそうだ。
「新しい自分が見つかるかと思って」
そう笑う彼女は本当に柔らかくて、そして左右で色が違う不思議な瞳をしていた。
「クラウドさんもスカウトですか?」
「そっ!俺がハントしてきたんだ」
胸を叩くジタンに、ヴァンが首を傾げる。
「街中でよく年上に声かけれたな」
「ノンノーン!クラウドは先輩なんだ。来年から俺が通う大学の院生。な?」
「あぁ」
和やかな雰囲気と弾む会話にクラウドの緊張もなりを潜めた。
そしてすでに撮影は始まっていた。盛り上がる会話にシャッター音は消され、誰も気づいていない。
「自然体というのもいいものだ」
社長はモデルを見つめた。
「ある程度自然体が撮れたら衣装チェンジしていけ」社長の言葉にモデル達を見守っていたスタッフが動き出す。
ここからが本番だ。
「出来上がりが楽しみじゃ」
フッホッホッ
社長は心底楽しそうに笑った。



そんな撮影が何日か行われ、最終日にはクラウドもカメラ越しに見られることに慣れ初めていた。
しかし、ポーズを取ることには一向に慣れることはなくぎこちない動きをしていたが、そこはカメラマンの腕であったり、機材の賜物だったり、クラウド自身の持ち前の天性さで仕上がりを見る限りではどこからどう見てもクラウドはモデルの役割を完璧に成し遂げていた。
「見よ!わしの目に狂いはなかったであろう!」
社長が声高に笑う。
「いや、クラウドを誘ったのは俺なんだけど」
俺を褒めるべきなんじゃねぇ?とジタンは視線を送るが社長には届かない。
「クラウド本当に才能あるぜ」
「とても素敵だわ」
ヴァンとユウナも出来上がりに見惚れている。
「特にこれ!愛しい人を思い浮かべてって言われて撮ったやつ!皆もいい表情だけどクラウドのこれは超絶!」
この顔大好きだと言うヴァンにクラウドは苦笑いしかできない。
幸せそうな、けれど切なそうな、そして思わず思われる人間が自分だったらいいのにと思わせるほどの色気と可愛さ。見る人間全員が感嘆した。
どう反応したらいいのか分からずにいるクラウドの横にティファが並び、羨ましいと呟いた。
「クラウドにこんな顔させちゃう人ってどんな人なの?」
「…いや、これは…」
「とぼけてもダメよ。幼なじみにはわかっちゃうものなの。ねぇ、どんな人?可愛い?」
ティファに言われ、脳裏に浮かぶ愛しい人。
可愛いかと言われれば可愛い。本人は決して認めないだろうが。
「……まぁ」
「ふーん。その人のこと好き?」
「…………っ!」
ワンテンポ遅れてクラウドの顔が赤くなった。
「……好きなんだ?」
「……、うん。大事にしたいって思う」
あまりの恥ずかしさに段々と俯くクラウドに、ティファはくすりと笑ってごちそうさまと言った。
社長がぐふぶと笑う。
その笑いに気づいた者はおそらくジタンだけだろう。
「なんだぁ?気色悪い社長だなぁ」
社長と数人のスタッフが肩を寄せ合いヒソヒソと話す。
「一言一句逃さずに録ったであろうな?」
「もちろんです。抜かりはありません」
クラウドとティファの会話は、録音されていた。録音というよりは撮られていた。社長からの御達示でクラウドが言葉を発するようなことがあれば録音もしくは記録しておけと。
「初回特典としてDVDをつけてもよいな」
「でもクラウドは無名ですよ?彼推しで売れるでしょうか?」
一人のスタッフが疑問を口にした途端、社長はおろか他全スタッフから何を言っているんだと怒られた。
「馬鹿かおぬしは!」
「どう考えても売れるだろ!」
「何を見てきたんだ?」
「ってか俺10冊は買うって」
盛り上がるスタッフ陳に、ジタンはため息をつく。
「疲れたか?」
そんなジタンの頭をクラウドが撫でる。
あぁやっぱりクラウドの手は気持ちがいい。
「ありがとな、俺は大丈夫。慣れてるし。ってか俺よかクラウドの方が疲れたんじゃないか?慣れないことだらけだっただろ?」
「うん…でも、いい経験ができた。ありがとな」
ふわりと笑われて、ジタンは嬉しくなる。
ジタンにも、ティファ達にも、スタッフにも、そして出歩くことを許してくれたスコールにも、感謝。
出かけるとクラウドが言う度に寂しそうな顔をするスコールを思い出し、ツキリと胸が痛んだ。
喜ばせたい。内緒にしたい。驚かせたい。そんな気持ちを乗り切ったクラウドの心は今はすぐにでも帰って抱きしめてやりたいという気持ちでいっぱいだった。
「ふふ、今好きな人のこと考えてたでしょ」
ティファがにまにまと笑いながら肩を突く。
「…すごいな。ティファには隠せないな」
「そんな幸せそうな顔してたら誰にだってわかっちゃうわよ」
顔に出ていたのだろうか。無表情で何を考えているのかわからないと言われていた俺はどこにいったんだ?と心の中で独り言ちる。
「クラウド、幸せ?」
「…あぁ」
「そう、よかった。それがすごく気になってたの」
「ティファ?」
「いつか、クラウドの好き人紹介してね」
「……うん」
ほっこりほっこり…そんな効果音が聞こえてきそうなクラウドとティファの会話。
その傍らでニヤリニヤリ…そんな効果音が聞こえてきそうなスタッフ達の表情。
その会話も録音されていることを二人はもちろん知らない。
「よし!んじゃ打ち上げ行くぞー!」
ジタンの声に全員が返事をした。
このモデルのバイト代は打ち上げ後に手渡されることになり、出来上がる特別号は出来上がり次第ジタンが持ってきてくれることになった。
スコールには打ち明けられるのはジタンが持ってきてくれた日になる。クラウドは少しだけその日が楽しみになった。
バイト代をもらったら、その足で何か買いに行こう。
クリスマスのためにケーキや料理を手配するのもいいかもしれない。もちろんプレゼントはかかせない。
スコールの顔が見たい。
スコールに会いたい。
大学に用事があるから、という理由を彼がどこまで信じているかわからない。彼は鋭いから。
だから、早く帰ろう。
クラウドが惜しまれつつも打ち上げを早退するのはあと少しのことだった。






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