ダークネスオブザワールド

待ち合わせは駅に最寄りのカフェ。クラウドは周りから見ればいつもと変わらぬ平静さを保っているように見えるだろう。けれど、わかる人にはわかるように、少しそわそわと落ち着きがない。
その証拠に何度もコーヒーを口に運ぶ。途中ため息を挟んで。
自分でやると言いながら、その日が来た途端少し憂鬱な気分になったのは、それはやはり自分の性格に問題があるからだとクラウドは思う。
クリスマスにはまだあと二週間ある。
今年のクリスマスは盛大に祝ってやりたい。夏にあんなことがあったのだから。罪滅ぼしというわけではないが、クラウドはそんな気分でいた。
スコールをたくさん笑わせたい。幸せだって言わせたい。
その目的のために、今こうしているんだと、クラウドは今も、そしてこの後も何度も思うことになる。
カランとカフェの入口が来客を告げる。
クラウドよりも黄色味が強い金髪を一束ねにし、ジタンがクラウドに走り寄る。
「ごめん!遅れた!」
「問題ない」
顔の前で手を合わせ頭を下げるジタンにクラウドはくすりと笑った。
「ジタンはバッツに似ているな」
「へ?」
バッツも何かあると顔の前で手を合わせ謝る。
そんな話をして、二人でクスクスと笑って。
いつの間にかクラウドの憂鬱な気分もどこかに飛んで行った。
「あ、で、遅れた理由なんだけど」
「うん」
「うちの社長、やる気満々でさ、早速準備するぞ!なんて言い出したからそれに借り出されちゃって」
「社長…も、いるのか?」
「もうノッリノリ!」
ジタンと、最低限必要なスタッフだけでやるのだとクラウドは思っていたが違うらしい。
社長はおろか他のスタッフにさえ今日初めて会うというのに自分は大丈夫だろうか。
そんなクラウドをよそにジタンは己の手帳を開き、マンスリーの見開きページをクラウドに見せた。
「撮影は今日と、明日、それから来週の水、木な。んで出来上がるのが23日でその日に打ち上げみたいなのするってさ。クリスマス前ギリギリになっちゃって悪いけど、大丈夫か?」
クラウドは携帯を開いて、スケジュールを確認する。クリスマスイブとクリスマスが空いていれば、スコールと過ごすには十分だ。
「大丈夫だ」
クラウドの確認が取れ、ジタンは嬉しそうによかったと笑った。
「じゃ、早速で悪いけど事務所来てくれるか?」
「あぁ」
ジタンの話によれば事務所内にスタジオが併設されているらしい。
二人はカフェを後にした。




「………」
クラウドは上から下へ、下から上へと目線をやる。
「どしたー?」
「あ、いや…なんだか変わってると思って」
その建物はスタジオが併設されている事務所というよりはまるでなにかの研究施設ではないだろうかと思わせる。
「うちの社長変わってるからなぁ」
慣れた様子のジタンを見て少しは不安が和らぐが、本当に一人じゃなくてよかったと思う。
「ま、人が寄らないようにするためだとか、スタジオとか芸能事務所ってわからない方がいいっていう考えの人だから。大丈夫!中は普通だから」
これも愛するスコールのため。先を歩くジタンについてクラウドは進んだ。

エントランスを抜け、中の受付にジタンは顔パスで、クラウドは来客名簿に名前を記載して、そしてエレベーターで三階へと向かった。
ジタンの話によれば、三階が社長室、二階が事務所やスタジオがあるらしい。
「一階は?」
エントランスの向こうにはエレベーターがけれどそのさらに向こうには通路があり、まだ部屋がありそうだった。
「…一階には何があるのか俺もわからないんだ」
そう言ったときのジタンの表情を見たクラウドは、質問して悪かったと、そのことに触れるのをやめた。
エレベーターが三階に到着し、通路の奥の扉に社長室と札が貼られている。
ジタンが二回ノックすれば中から女性の声がした。
「おまたせー!クラウド連れてきたぜ!」
ジタンの声を聞き、くるりとイスが回転した。
「待ちくたびれたぞジタン」
「そんなに待たせてないだろー?」
「…やはりかなりいい素材のようだな」
「だろー!俺もびびっときちゃったんだよねぇ」
二人からまじまじと見つめられ、クラウドは思わす数歩後ずさった。
「クラウド、この人が社長の暗闇の雲だ」
「…暗闇の雲?」
名前にしてはおかしくないか?そんなクラウドの疑問を読み取ったかのように社長が答えた。
「わしも昔はアイドルグループの一員だった。ダークネスオブザワールドというグループ名でな」
「ダークネスオブザワールド…」
アイドルにしてはなんとも言い難いネーミング。
「で、そのグループのモチーフが雲だったんだろ?だから社長は暗闇の雲って名前にしたって俺もう耳タコだぜ」
ジタンはそんな説明いいから早く撮影に行きたいと催促する。
「おぬし…クラウドといったか」
「あ、あぁ」
「撮影が終わってもここのモデルにならぬか?」
「は?」
暗闇の雲はクラウドの目の前に立つと、クラウドの顔を覗き込んだ。
「撮影にはわしも同行する…いいものが撮れそうだな。先のは23日まで考えてくれればいい」
「俺にできるわけない」
期間限定のバイトだからできるのであって、モデルになりたいわけではない。
「俺はできるに一票」
ジタンはにこやかに笑ってみせた。
うん、モデルや俳優はジタンにはもってこいな職業だなとクラウドは人知れず頷いた。
「では行くぞ」
社長のあとに続いてクラウドとジタンはスタジオへ向かった。
こうしてモデルのバイトが始まった。




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