レウァール法律事務所

その法律事務所には若くてやり手の弁護士と、これまた若くて美しい秘書がいる。オフィス街の小さなビルの二階の一番奥にあるレウァール法律事務所は最近開業したばかりだ。弁護士のレオンは大きな事務所の中堅だったが一身上の都合でそこを退職して今の事務所を開いた。上司には泣いて引き留められ同僚には開業よりも美人秘書を羨ましがられた。中には具体的な金額を提示する者もいて、「オレはモノじゃない」と美人秘書を憤慨させた。決して関係者に明かさない開業の理由は、実はこの美人秘書だった。
普段は仏頂面でちらりとも見ないクラウドがいそいそとコーヒーを淹れている。それが当たり前だが彼にしては丁寧にトレイにカップを乗せて運ぶ姿にレオンは驚いた。失礼しますと一言かけてクライアントに出すことができるなんて今初めて知った。やればできるんじゃないか。クラウドはレオンにもコーヒーを出した後、自分の分を持ってレオンの隣に座った。かなり砕けた様子でクライアントと世間話なんかを始めて、しばらくは雨の日が続くかもしれない。
おおよそクラウドには関係のない話題だ。ゴルフのスコアが90を切ったと自慢したいクライアントのさりげない話の言葉尻を上手く拾い上げて大袈裟に驚いたり持ち上げたり、本当に人見知りの激しいあのクラウドか?と問いただしたくなる。そのおかげで打ち合わせはスムーズに進んだが。
クライアントが帰ってからカップを下げながらレオンは聞いた。
「ゴルフ好きなのか?」
「ううん」
「じゃあ何であんなに愛想良くゴルフ話してたんだ?」
「だってあの人のお土産美味しいもん」
「…そうだな」
多分あのクライアントもクラウドのためにわざわざ有名店の菓子を選んできているのだろう。あんなに持ち上げられて手土産も喜ばれて、クラウドと話をするのもここに来る目的のひとつになっているのかもしれない。
「もう一個食べてもいいか?」
「ああ…いいんじゃないか」
いつの間にか冷蔵庫からケーキの箱を取り出していたクラウドが中を覗きながらワクワクと伺いを立てる。ゴルフ話をしながら自分の分とレオンの分を半分食べてまだ足りないらしい。
「食べ過ぎると夕飯が食べられなくなってスコールに怒られるぞ」
「大丈夫、スコールのご飯も美味しいから」
スコールが聞いたらどうなるだろう。素直に喜んだりはしないだろうが、照れながらもその日のメニューはクラウドの好物ばかりになるかもしれない。
冷蔵庫のドアを開けたまま手掴みでケーキを貪るクラウドは行儀は悪いが大きい小動物のようで見ていて和む。レオンは黙って冷蔵庫のドアを閉めて頬についているクリームを拭いた。
「今日のこれからの予定は?」
「15時から例の破産管財人と積立金返還要求の交渉、18時から遺産相続が一件入ってる」
「…」
レオンは露骨に嫌な顔をした。あの破産管財人のオヤジは弁護士としては有能らしいがとんでもない好色オヤジだ。噂は聞いていたからクラウドを同行させたことはないが、どこかで話を聞きつけたのだろう。クラウドを連れてこいとうるさかった。しかもクラウドを交渉のカードに使ってくるものだから余計に腹が立つ。本当に有能なのか疑わしいところだ。
「どうした?」
「いや…交渉が長引くかもしれないからクラウドはここで待っててくれ」
コーヒー豆がなくなりそうだから買ってきておいてくれと言うとついでにと菓子をおねだりされた。それくらいでクラウドの気を引けるなら安いものだ。例のオヤジの言動はクラウドには伝えていない。うっかり知られようものなら怒り狂って相手の事務所に殴り込みに行ってしまうかもしれない。俺の分も買ってきてくれと言うとクラウドは笑顔で鞄を差し出した。
「資料は中に入ってるから。いってらっしゃい」
「あ、ああ…」
この笑顔に騙される。たとえ人見知りで我が儘で気が短くて食い意地が張っていても、この笑顔で全てが帳消しだ。
「知らない奴が来ても開けるんじゃないぞ。電話も出たら駄目だからな」
「うん」
留守を守っていてこの対応はないと思うがクラウドの安全のためだ。なるべく早く帰ると言い残してレオンは事務所のドアを閉めた。
雇われの時よりも収入も下がったし仕事も選り好みできないが過労死するよりはいい。弟とすっかりなついた迷い猫を養うのには困らないし、何より毎日が充実している。今夜も三人で晩飯が食えるといいと思いながらレオンはビルを出た。

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