珈琲

時折、物思いにでも耽っているのか、どこでもない何かを見ている時がある。
実際は見ているのではなく、何も映していないのだろうけれど、その姿すらもまるで絵画のような、映画のワンシーンのような、そんなものを思わせて。おまけに今にも消えてしまうのではないか、なんていう錯覚まで呼び起こされる。
今までに、なかった感覚。知らなかった感情までもが生まれて来る。
自分は何ができるのか、そう考えては具体的に行動できない自分に呆れて、目の前の珈琲にため息と視線を落とした。
「良い香りだな…」
だからすぐ近くで声がしたことに驚いて、思わず手にしていたミルクを落としそうになった。
「あんた、いつの間に」
さっきまで窓辺のテーブルで儚気にしていただろう、とは言えば、
「儚気?こんなの読んでれば儚い気持ちにもなるだろ」
クラウドが手にしているものを見て、納得する。
「読もうとするのが間違いなんじゃないのか?」
読書にはむかない、斜め読みなんてもっての他だ。
「あんたもレオンも読んだんだろ?なら俺も読む」
理由に自分が含まれていたことに少なからず嬉しさを感じ、そしてほんの少しいじわるもしたくなる。
「今読んでも来年にはまた新しいものがでるぞ」
「あんたらがそれも読むなら、俺も読むだけだ」
負けず嫌い、とはまた違う。クラウドはそんなことにはこだわらない。彼がそうする本当の理由なんて誰にもわからないだろう。クラウドに聞いたところで二言目には必ず『あんたたちのこと、もっと知りたいんだ』と返ってくるのも学習済みだ。
「ただ、もっと面白いものだったらいいのにって思う」
クラウドの言葉に吹き出しそうになった。
「せっかくだ、読んだ暁には何か資格でもとればいいだろ」
「簡単に言うな。俺はレオンやあんたみたいに頭が良いわけじゃない」
「六法読んで内容暗記してるのにか?」
「これは、だから、動機が…」
言葉を紡ぎけれど口ごもるクラウドは、少し考えて、
「…スコールみたいに自分に自信が持てれば、変わっていけるかな…」
と呟いた。
別に俺は自信があるわけじゃないと言いたかったけれど、言ったところで今の彼に伝わる気もしなかった。少し気まずくて、俺は手にしていたミルクを見つめた。クラウドの言う自信とは何なんだろう。
「なぁ」
呼ばれて顔をあげる。
「それ、俺に、だよな?」
この家で珈琲にミルクを要する人物は一人しかいない。
「早くちょうだい。俺、あんたの珈琲好きなんだ」
俺の手からミルクを奪い、珈琲に注ぎ、そして直ぐさま口にする。
「…ん、いつものやつだ。サンキュ、スコール」
クラウドはそういうと六法片手に、反対の手にマグカップを持って、元居た場所へと戻った。
俺の自信なんて彼の一言でどうにでもなる。なんならいっそバリスタの資格でもとってやろうか。

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