「わぁ!」


背後から叫び声が聞こえ振り返ってみると、ぽっかりと地面に穴が空いていた。先程まで自分がそのすぐ横を歩いていたのを思い出し、冷や汗と共に安堵する。どうせまた喜八郎のせいだろう、運動場には危険だから落とし穴をむやみに掘るなと言っておいたのに。後で注意しなくては。
などと、そんなことを思っている間も落とし穴の中からは助けを呼ぶ声が聞こえてくる。急いで駆け付け中を覗いて見ると、一人の生徒が此方を見上げていた。


「数馬、大丈夫か?」

「竹谷先輩!」


数馬は「大丈夫です。いつものことなので」と言うと恥ずかしそうに笑った。
いつものこと、そうか保健委員だったなこいつは、と納得しまた下を覗く。深さはそれほどなく、互いに手を伸ばせ簡単に届く距離。数馬は思ったよりも随分と軽く、苦労することなく引き上げることが出来た。


「ありがとうございます」

「いいよ全然」

「はい、じゃぁ僕はこれで」


そう言い数馬は歩き出したが、その途端立ち止まってしまう。口からは小さく悲痛な声が漏れた。


「いて…」

「どうした?」「あ、ちょっと足を…」


見ると、足を擦りむいてしまったのか少し血が出てしまっている。
数馬のほうが傷の手当てには詳しいから、説明を聞きながら持っていた手ぬぐいを巻いてやる。血も止まり軽い処置はしたが、やはり念のため医務室に行ったほうがいいだろう。


「はい、おんぶ」

「お、おんぶですか?」

「おう」


数馬の前に背中を向けながらしゃがむ。自分で歩けます、と言う数馬の腕を掴んで此方に引き寄せる。すると少し戸惑った後、ゆっくりと背中に乗ってきてくれた。


「重くないですかね…」

「へーきへーき」


立ち上がり、医務室へと歩き出す。数馬は体温が高いのか、すぐに背中がぽかぽかと暖かくなってきた。
首を回して後ろを見ると、顔を赤くして俯いている。やっぱり恥ずかしいのかな、俺は平気だけど。悪いことをしてしまったかな、と色々心配したのだが。そのまま見ていると顔を上げて笑ってくれたから、大丈夫そうだ。俺も笑いかけ、そこからは前を向いてちゃんと歩く。


「竹谷先輩」


数分の間は互いに無言だったのだが、声が掛かる。どうしたと聞いてやると「先輩、僕の名前を知っていてくれたんですね」と、なんとも当たり前なことを言う。そんな数馬の言葉に、俺はどういうことだと頭を悩ませる。


「え、だって後輩の名前を知っているのは当然だろ?」


後輩の面倒をみることが先輩として当然だと思うし、後輩はみんな可愛くて好きだ。だから名前なんてものは無意識のうちに全員覚えてしまっている。
しかし数馬は首を横に振る。


「委員会のメンバーは勿論。僕、委員長の善法寺先輩にさえ名前を忘れられてたんです」

「え、本当か?」

「はい…」


数馬の表情は前を向いていてよく見えなかったが、きっと辛いんだろうなと思った。なんとなくだけど、背中からそう伝わってくる。きゅっと俺にしがみついている手が、なんだか切なく見えた。
どうにかして元気付けてやりたいが、下手に励ましても逆効果になってしまいそうで。あれこれ考えていると、そういえば昔自分も似たようなことがあったと思い出した。


「俺もな、影薄いみたいでよく同じ組の奴に、あれ居たの?なんて言われるぜ」

「そうなんですか?」

「おう。しかもあいつ等酷くて、俺のこと汚いだとか臭いだとか言ってさーなんか虫臭いって…あ、ごめん!臭かった俺?降ろす降ろす今すぐ降ろすから!」

「いや、そんなことないですよ!」

「お世辞言ってねぇよな…?」

「もう信じて下さい!」

「はは、悪かった」


変な方向に話がずれてしまったが、数馬も笑ってくれているからよしとしよう。

運動場から出て、気がつけばもう目の前に校舎がある。医務室にも後数分で着いてしまう。
俺はなんだか寂しいな、という気持ちを抑えて前へと進む。


「竹谷先輩」

「んー?」

「僕、先輩の背中好きですよ」

「背中?」

「はい。なんだか暖かくて落ち着くんです」


そう言うと数馬は優しく笑った。
俺は無意識に足を止めてしまっていた。


「先輩?」

「数馬、足大丈夫か?」

「え…はい」

「じゃぁ、このままちょっと散歩でもしようか」

「はい!先輩がいいのなら」

「よし、それじゃ行こう」


その後俺等は、あともう少しだけ、と何回も言い。最終的に医務室に着いたのは日が沈んでからだった。
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