「えーと、たしかお前は…」
「一年は組、笹山兵太夫です!」
「あぁそうだ、兵太夫だ」
「竹谷先輩、こんにちは!」
「こ、こんにちは…」
目の前でにこにこ笑っているこの子の顔、なんて愛らしいんだろう。まさに地上に舞い降りた天使。なのに、なんだ自分のこの状況は。縄でぐるぐるに体を縛られ、天井から吊るされている。呑気に挨拶している場合ではないだろうな。その俺を見て、兵太夫はまた笑う。
美しい薔薇には、なんとやら。容姿は天使のくせに、精神は悪魔か、この子は。
「あ、のさ…兵太夫くん?」
「なんですか?」
「そろそろ下ろしてもらえないかな?」
「うーん…嫌です」
天使じゃない悪魔だこの子、決定。
そもそも俺は、同じ委員会の三治郎に今日の活動場所の変更を言いに来たはずだ。一年は組の教室を見て、運動場を見て。いそうな所は全て見たのだが見つからず、残すは三治郎の自室のみとなった。
下級生の長屋だし、特に緊張もすることなく目的の三治郎の自室の前で歩みを止める。一言、入るぞ、と声をかけて戸を引き一歩踏み出した瞬間、こうだ。
「あっ、そういえば三治郎なら学園長先生のお使いで今は学園にいませんよ」
「そ、そう…ならここにはもう用ないから、さすがにもう解放してくれても…」
「嫌ですってば」
むきになっているのか、駄々をこねているのか。まぁ、両方だろう。
このままでは埒があかない。仕方がない、と俺は一つ溜め息をつくと、縄脱けの術で縄を解いて床に着地した。
「あー竹谷先輩ずるいです!」
「いや、そんなこと言われてもな…」
頬を膨らませ、ぶつぶつと文句を言ってくる。暫くはその状態が続いたが、だんだんと冷静さを取り戻してきたのか少し悲しいような表情をする。
「仕方がない、僕のカラクリがまだまだってことですね」
「そんな顔するな!一年生これだけのカラクリ作れる奴なんて、そうそういないぞ」
「本当ですか!」
ぱぁと顔を輝かせ、無邪気に笑う。その表情の変わりようが、俺はなんだか面白く思えて笑う。
「じゃぁ僕、これからもっと強力なカラクリを研究します」
「あぁ、頑張れな」
「次は逃がしませんからね、竹谷先輩!」
「はいはい…って俺?」
予想外の言葉に何が何だか分からないでいると、兵太夫はそうですよと胸を張って言う。
「僕、竹谷先輩のこと前から気になってたんです。それで折角今日捕まえられたのに逃げられちゃうなんて悔しいじゃないですか!」
「は、はは…」
「僕から逃げられると思わないでくださいね」
「ほどほどに頼むわ…」
何が何だか分からないまま部屋を出て、とりあえず委員会に行かなくては。そしてそれが終わったら次のカラクリに備えて筋トレしよう。
兵太夫のカラクリを作る音を背後で感じながら、俺は少し笑って飼育小屋に向かった。