「ふーじーたっ!お願いが」

「嫌だ」

「…俺まだ何も言ってないけど」

「どうせ夏休みの宿題写させてとかだろ」


図星なのかケンジは、うっ、と言葉をつまらせて俯く。
朝はやくから家に押し掛けてきたかと思ったら、こうだ。俺がそのまま玄関のドアを閉めようとすると、ケンジが声を上げる。


「ちょ、藤田お願い!俺を見捨てないで」

「冗談だよ。わかったから」


必死なその様子が面白くて俺は軽く苦笑し、ケンジを家に招き入れる。


「そろそろ来る頃だと思ってたよ」

「あ、やっぱり?」


ケンジは夏休みが終盤に差し掛かると毎年決まって来る。白紙のテキストが沢山入った鞄を重そうに持って。写すなんて自分のためにならないよ、と何回も注意しているのだがケンジは何も聞いてくれない。俺ももう諦めた。

廊下を歩きながら先に俺の部屋に行っているように言い、俺は台所に寄ってお茶をグラスに注いで持って行く。
部屋に入るとケンジはテキストも出さないで漫画を読んでいる。これも毎年のことだ。
グラスをテーブルに置きながら、はやくテキストを出すように促すと壁にもたれ掛かり半分寝ていたような体をやっと起こす。漫画を片付け、代わりにテキストを出しはじめる。一冊二冊と次々に出てくるテキスト、宿題ほぼ全てだ。さすがにそれには俺も驚いた。こんなにも多いのは初めてだ。


「ケンジ、ちょっと多すぎない?」

「あぁ、まぁ…」


ケンジが得意な教科まで全て残っている。いつもなら、さすがに自分が出来るものはやってきていたのに。
ケンジを見ると、なんだか申し訳なさそうな顔をしていると同時に悪戯っぽい笑みも浮かべている。


「ケンジ?」

「ん?」

「これ得意でしょ。なんでやってこなかったの?」


テキストを指差して言ってやると、あぁそれな、とケンジは言って完全にいつもの人をからかう時の顔になる。多少嫌な予感がしつつも、ケンジの次の言葉を待つ。


「ほら、こうすると藤田と長く居られるだろ」

「は?」

「お前、俺が全部終わるまでめんどう見てくれるし」


ケンジの言葉がなかなか理解出来ない。全部やるのがめんどうだったから、とでも言われるだろうと思っていたから。
俺が一人で混乱している横で、ケンジは俺が注いできたお茶を悠々と飲む。まったく、いつもこいつは人が焦っているのを落ち着いて見るのだから。それも楽しみながら。


「なに、お前…俺と長く一緒に居たいからってだけで宿題何もやってこなかったの?」


やっと整理が出来て聞いてみると、ケンジは然も当たり前のように、そうだよと言い。藤田も俺と居たいだろ、なんて言う。


「ばっ…馬鹿じゃねぇの…!」

「うん。俺馬鹿だよ。だから藤田、宿題見せて」

「あぁもう!」


満悦なケンジの笑みに、俺はテキストを差し出すことしか出来なかった。
ただ、いつか大人になって、この習慣が出来なくなるまでは、ずっと続いてほしいなとは思った。

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