初めは本当に小さなきっかけだったんだ。親友が転けただとか服を後ろ前逆に着てただとか、そういうちょっとした失敗が面白くてなんとなく写メを撮った。そんなんだったと思う。
「ケンジ、さっきから携帯で何してんの?」
「んー見てる」
「なんかの画像?」
「おぉー…」
それを続けていくうちに、よく親友を撮るようになった。少しでも面白いことが起きれば、すぐに携帯を向けた。
「なんの画像?」
「あぁーまぁなんか…いろいろ」
そして、それはどんどんエスカレートしていった。今ではもう何も面白いことなど起こらなくても、お前だからという理由で写メを撮るようになっていた。
「へー見せてって…俺じゃねぇか!」
「自慢の藤田フォルダです」
「何、誇るように言ってんだよ!」
「ほら、この寝顔とかなかなかだろ?涎垂らして」
「本人に見せんな!というかこれ盗撮だよな!ちょっとは悪びれろ!!」
おかげですっかり俺の携帯は、親友であるこいつ藤田の写メ専用となってしまった。
その藤田はというと先ほどからずっと「消せよその写メ」と何回も言っている。
俺の携帯を奪おうと伸ばしてくる藤田の腕を軽くかわし、シャッターをきる。「あぁ、また勝手に撮って!」という悲痛な叫びも完全に無視。
その後もずっと、逃げては撮りまた逃げては怒られまた撮る、の繰り返し。状況が進展することはなかった。
しかし次第に藤田の怒りは大きくなっていき、もう冗談ではすまないところまで来てしまっていた。
「ケンジ…いい加減に」
追いかけるのをやめて立ち止まり、怒りを露にする藤田。
流石にやり過ぎたか。いつもの優しいあいつはどこにいったのか。藤田は見たことがない表情を浮かべていた。
「わ、悪かったって。だから機嫌直し…」
「そんなに携帯が好きなの?」
「はぁ?」
思いがけない言葉に、場にそぐわない間の抜けた声をあげてしまった。
藤田を見ると、先程の怒った表情というより下唇をギュッと咬んで悲しそうな顔をしていた。何を今の一瞬で、藤田をこのようにしたのだろうか。俺は普段使わない脳をフルに回転させて考えたが、答えは見つからなかった。
「藤田?どうした…」
「そんな機械越しじゃなくて…!」
俯きながら言う藤田は、少し震えていたように見えた。語尾は完全に小さくて聞こえなかったけど、なんとなく理由は分かった。
無理して言わなくていいよ、と一言声を掛けてやると顔を恐る恐る上げた。俺は携帯をポケットに押し込むと、藤田をまじまじと見る。目が合うと、へへっと笑いかけてくる藤田。
あぁ、なんて俺は愛されてるんだろう。
俺は写メを撮りたい衝動をなんとか抑え、藤田の笑顔を心にしっかりと焼き付けた。