「Every Jack has his Jill.」
―全てのジャックにジルがいる―

それは、どんな人にもぴったりな恋人になる異性がいるという意味。


「はぁ……」
「そうですか」
「……で?」

1号は曖昧に相槌を打ち、2号は聞き流し、3号は仕事中なんですけど?と見向きもしない。
話しかけた女性はたじろいで、謝罪のような言葉を呟きながら立ち去った。

「よく私たちにそんな話しに来るわ」

目に痛いピンクツナギを着た三人は、話しながら社屋のホールを飾りつけていく。
ラブミー部への依頼で、揃ってハロウィンの飾り付けをしていたら先程の女性が話しかけてきたのだけれど、他人の恋話に付き合う義理はないと三人は作業に戻った。

「このツナギが見えないのかしら」
「見えてないみたいですよ。恋は盲目ってヤツで」

奏江がバナーを振り回しながら、台車を押す千織を見やる。

「はぁ?何ソレ?」
「彼氏できたとか、お昼にラウンジで騒いでましたもん。公共の場で私情を声高に喚くんじゃないわよ誰もアンタの恋愛事情なんか知りたくもないのに耳に入ってくるじゃない脳が汚染される!!! ──と、1P埋まりました」
「そ、そう……」
「でも、さっきのジャックとジルってさ……」

この子も流石にラブミー部だわ、と奏江がちょっと引いていると、プラスチックのカボチャを抱きながらキョーコがぽつりと呟いた。
まさか羨ましいとでも言うつもりかと、二人は思わず次の言葉を待ってしまう。

「破れ鍋に綴じ蓋ってことよね」
「ホントやめてよアンタは!そーゆー所帯染みた発言!!」

待って損した!と奏江は持っていたバナーを床に投げ捨てた後、拾って埃を払う。千織は、一連の動作を見て意外と丁寧な人なんだなと思っていた。

「ええ?普通にちゃんとしたことわざなのにー」
「鍋とかアンタが言うと割烹着のイメージが出てくるのよ!」
「京子さんの割烹着……あはっ!ごめんなさ……っ、給食当番みたい」
「ブッふ」

振るえる二人の脳内では、割烹着を着たキョーコがおたまを持って、手を合わせましょうー作ってくれた人に感謝してーいたーだきーます、とか言っていた。
キョーコは顔を赤くして二人を睨む。

「もぉ!二人して変な想像しないで!調理する時はちゃんと」
「エプロンしてるよね?」
『敦賀さん!』

突然会話に入ってきた先輩俳優に、三人は同時に叫ぶと頭を下げて挨拶を返した。いきなりごめんね、と非礼を詫びつつキョーコとの距離を詰める蓮に、キョーコは小さく身構える。

「最上さん。……カボチャは好き?」
「か、南瓜?ですか?……嫌いじゃないですけど」

恐る恐る答えたキョーコは信仰する先輩にダメ息を吐かれてちょっと泣きそうになった。
有能なマネージャーと冷静な女優の卵は、恐らく、好きですというセリフだけ聞いておいて、後で反芻する気だったろう男の背中を生ぬるく見詰める。

「じゃあ、これあげる」
「わあ!なんて立派な!じゃなくて、何故ゴージャスターが生の南瓜なんて持ち歩いているんですか」
「バラエティーの収録で、美味しいですね、って言ったらくれたんだ。社さんはいらないって言うから、良かったら貰ってくれる?」
「男の一人暮らしにそんなデカイ南瓜丸ごと貰っても、なくなりゃしないよ」
「俺は料理もしませんし。ハロウィンだしこの辺に飾っておきますか」
「折角可愛く飾ったのに!嫌がらせは止めて下さいっ」

窓際のテーブルに、生の南瓜を置いて蓮は腕を組んで考える。千織の台車を一瞥して、うん、と頷いた。

「顔描いたらJack-o'-Lanternに見えるんじゃない?」
「顔なんて描いたら可哀想すぎて包丁が入れられませんから!」
「それは困ったね」
「困るって言いながらどうしてペンを離さないんですか!」

台車の荷物から油性マジックを見つけた蓮を咎めて、奪うように南瓜を抱えるとキョーコは確かめるように何度か抱え直して首を傾げた。

「…煮物…?…うぅん?」
「最上さん?」
「グラタンにして、余分をコロッケ、なんてどうでしょう?」
「? いいんじゃないかな?」
「ではそのように。敦賀さんのお帰りは何時頃でしょう?」

純粋な目で見上げられて、蓮は一瞬目を瞠ったが、直ぐにその目は細められた。

「最上さんにあげるのに……うちで、作ってくれるの?」
「ぐゃ…っ、いやあの、つ、敦賀さんが美味しく召し上がるなんて機会は、きっと神懸かったお味が」

神々スマイルにキョーコは紙一重で目をそらした。息も絶え絶えに何とか説明を続ける。

「収録で美味しくないなんて言わないけどね。でもいいのかな、御相伴に与って」
「元々は敦賀さんのものでありますから…!」
「ねぇ、最上さん」

顔をそらしたキョーコの前髪を摘まんで蓮は笑みを溢す。キョーコは口から心臓が出ないように耐えながら、せめて片手が空けば逃げられたのに何故両手で南瓜を抱え持ってしまったのかと己の迂闊さを呪った。

「エプロン姿も可愛いけど、かっぽうぎ?も見てみたいな」
「かわっ!? なっ、うくゅっ、給食当番じゃないですよ!」
「そっか……残念……」

給食当番って何だろうと思いながら、じゃあ夕食はお願いしますと笑ってキョーコの頭を撫でる蓮に、キョーコは蓮に見られないように俯いた顔を、青ざめながら耳だけ赤くしつつ口を歪めてぐぬぅとか耐えていた。

「…………あの二人って、お付き合いとか……?」
「ないわよ」
「ないよ」

部の先輩と時計を気にするマネージャーの即答に、千織は台車に凭れながら項垂れて呻く。

「……アレで?」
「ないのよ」
「ないんだよ……」

何もしていないのに胸焼けしそうな空気を纏わせる先輩俳優と友人に、ラブミー部員はああ、この事かと奇妙にも腑に落ちた気がした。


― Every Jack has his Jill. ―
(或いは、破れ鍋に綴じ蓋)



(どうしてお互いに気づかないでいられるんだろう。)


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【破れ鍋に綴じ蓋】
⇒破損した鍋にもそれ相応の蓋があること。
どんな人にも、それにふさわしい伴侶があることのたとえ。また、両者が似通った者どうしであることのたとえ。

→無理矢理Jack繋がりですみませんでした。orz


2014/11/02 ( 3 )







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