困った。どうやらジャンが怒っているらしい。何かしてしまったのだろうか、いやそんな筈はない。頭を抱えてしまいそうになるも更に彼の機嫌を損ねる事は見えている。彼の事になるとショート寸前な思考回路を巡らせながら、取り敢えず少しでも探りを入れようとぽつぽつと意味もない言葉を繋げる。

「ジャン、なんだ、その……」

 用もないなら喋り掛けるな、とでも言いたげな視線。困った。これは相当ご立腹らしい。横目で俺を見ていたジャンは俺に背を向けて腕組みをしていた。その場の空気に耐えられずつい、口が滑ってしまう。

「…すまない」
「何で謝るんだよ」

 嗚呼、やってしまった。原因を探らぬまま謝るなんて愚の骨頂だ。冷めた言葉が突き刺さる。どうしてこうなったのだろう。居たたまれずに現実逃避を試みようと一日を振り返る。朝は何時も通り、おはようのキスから始まった。昼飯も一緒に食べて、甘酸っぱい言葉遊びをした筈だ。それから、今日は珍しくラグが来たんだった。淀みなく口を衝いて出るジョークをお互い眉一つ動かさず交わして、て、俺は馬鹿か。嗚呼、馬鹿だ大馬鹿だ。そこからジャンの機嫌が急降下したじゃないか。
 表情が一変した事を空気で察知したか、それとも彼もこの空気に耐えられなくなったか、ゆっくりと振り返ってきた。俺を肯定してくれたのだと捉えて、恐る恐る言葉を紡ぎ出す。

「ジャン、もしかして…」
「…ああ、もう!言わせんな!馬鹿」

 存じております。俺がもしもジャンだったら、嗚呼その例えは駄目だな。俺には未だ、何の自信もない。きっと俺がジャンを好きでいる方がうんと強いのだから、なんて自惚れる程度には。お決まりの思案に耽っていれば、彼は身を乗り出してじっと目を見詰めてきた。不意に近付いた顔に息を呑んで。

「お前は俺のもんだろ、違うのか」

 きょとんとした。こんなに間抜けな顔を彼に曝したのは生まれて初めてかもしれない。にも関わらず、彼は羞恥からか唇をきっと結んで戦慄かせたまま俺の返答を待っているようだった。お前のこんな顔を見るのも生まれて初めてな気がするよ、ジャンカルロ。

「…違わないよ、ジャン」

 嫉妬してくれるなんて夢にも思わなかったから嬉しいよ、なんて。言ったらすぐに拳が飛んでくるのだろう。それでも構わない程に、幸福感とやらに包まれているのだが。




111110
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -