彼について知っている事。筆頭幹部。仕事に生きる男。それ以外の生き方を知らない男。救いようのないワーカホリック。手先が器用なのに何処か不器用。俺の恋人。それ以外はよく分からない。向けられる底の見えない笑みは、果たして俺になのか。その違和感はきっと俺だけにあるもので、他の誰に聞いても惚気だとかマリッジブルーだとか軽くあしらわれるのだろう。これは推測だが、きっとベルナルドも、この微妙な関係に何の違和感も覚えていないのだろう。不自然な程にぎこちなさを感じさせないこの振る舞いは、俺にとっては心底不気味だ。
 優しく眉間に指を這わせられる。寄っていた皺を戻すと、くすりと笑われた。感情を押し殺すなんてそんな面倒臭い事はしない。不機嫌な顔を前面に押し出したとしても奴は此処まで踏み込んでこようとしないから。(それも俺が言葉にして請えば違うのかもしれないが)それは器とか包容力とはまた違う次元の話なのだろう。

「ジャン、水でも飲むかい?」

 ほら、やっぱり。まあ今更べたべたされたところで気持ち悪いけど。ピロートークを楽しむでもなくすっと離れたベルナルドは、水を注いだカップを片手に戻ってきた。何もなかったような顔しやがって。確かに喉はガラガラで声も掠れているからその優しさは嬉しいが、何処か事務的というか、気に喰わない。
 怠い躯を漸く起こして態とらしく手をひらひらとさせてやると、奴は少し驚いたように目を見張って。疑心暗鬼真っ直中の俺にはそれさえ演技のような気がしてならない。

「…飲ませて欲しいナー」
「勿論だよ、ハニー」

 なあ、ベルナルド。そう言えば俺が喜ぶとでも思ってるのか?嗚呼、思ってるんだろうな。実際喜んでいる俺がいるんだから、救いようがない。
 首筋に優しく添えられる綺麗な手も、吸い込まれそうな瞳も、とろとろにさせる声も、気持ち良くさせる唇も、全部好きなんだ。だから、がんじがらめに絆されるならそれでも良い。口に含まれて少し温くなった水が流し込まれ、そのまま嚥下させる。喉を潤すだけの事務的な処理。唇が離れると眼鏡の奥が細められるのが分かった。何を不満に思う事がある。求めれば求めるだけ与えられる、それも過不足なく。それ以上でもそれ以下でもない愛情表現に酔う事しか出来ない。
 腕を回してもっとと強請れば、頬が僅かに緩められる。そうしてぐちゃぐちゃに思考を塗り潰して、何も考えられなくなれば良い。次に重なった唇は、先より熱を帯びている気がした。




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