見て、しまったのは、偶然。未練がましい男だとは何となく気付いていたが、(そう気付くまでずっとそいつを見ていた俺が言える事ではないが)きっとが彼がそうしたのもまた、偶然だ。そして、ジャンの文字通りのダーリンが不在なのも。そう、全ては偶然の産物なのだ。
 だが、これだけは必然だ。眠り姫は間男のキスで起きる筈もない。感触を楽しむでもなく味を確かめるでもなく、そっと触れるだけの口付けに、嗚呼この男は、この想いをずっと隠して生きていくのだと確信する。それが良いか悪いかなんて俺が知った事ではないが、少なくとも俺は、ジャンにはなれないしなろうとも思わない。だからと言って俺に、彼の居場所を作れるとも思わない。
 気配を感じたのかベルナルドは振り返ると、少し驚いた表情を覗かせた。しかし何処か余韻に浸っているようにも見えた。それもそうか、好きで好きで仕方のない人間に、こうして触れられるだけでも幸せだろうさ。お前はな。そのまま俺の横を通り過ぎようとするベルナルドに、思わず肩を掴んでいた。俺にはこうする権利もない筈なのに。その歩を止めてから、何をするつもりなのだ、と叱咤した。漸く飛び出したのは、何の捻りもない戯れ言だった。

「…摘み食いか?」
「さあ」

 恐らくベルナルドも、分かっているのだろう。俺とこんな不毛なやり取りをしても、それは言葉遊びに過ぎない、と。弱みを握ったつもりも誰に言うつもりもないが、理詰めで固めているような男が本能に突き動かされて、愚行に走ったのは少し、妬ける。(俺がベルナルドを好きなのも、他でもない偶然だ)
 柄にもなくどんな表情をして良いのか分からないでいると、彼はす、とその人差し指を唇へ当ててきた。

「秘密、な」

 言って。その間男は、奇麗に笑った。消えそうな笑みだった。(二人だけの、という甘美な含みに思わず躯が震えた)




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