夢は夢のままで良かったのかもしれない。彼を支配したいとも支配されたいとも思えない俺が、こうして彼を眼前にしている事さえ可笑しな話だ。俺のものにしたい、なんて、少しでも想う事が出来ればどれだけ楽だったか。万に一つもない話だ。彼は手の届かない存在。それだけ。他に何があるのか。
 何とかそこから抜け出そうと足掻いているつもりだったが、所詮つもりはつもりだ。少しも抜け出そうとはしていないのだ。何故なら、こうして独りで完結させてしまうのが心地好いから。何にも左右されたくないから。少しも変わる事のない自分自身に、溜め息を一つ。どうやらそれは、彼には退屈と見えてしまったらしい。眉を顰めて、感情を前面に押し出しているようだった。ぎらついた双眸には、何やら俺には読み取れない感情が混在していた。嗚呼、怒っているんだね、ジャン。ごめんね、俺が悪いんだ。知っているよ、お前にそんな顔をさせた、そんな思いをさせた俺が全部、悪いんだ。だから、どうか俺を責めてくれないか。
 ごめん、と零せば、何を謝っているのか、とでも言いたげな表情。その顔には覚えがある。焦燥と、憤懣と、少しの失望。こんな俺に少しでも期待していたのだろうか。それも可笑しな話だ。残念ながら俺はお前が思う程に大人でもないし、全うな人間でもないんだよ。取り繕うように眉尻を下げて笑ってみせれば、彼はぽつり、と。今度は感情を込めずに、言ってのけた。

「なあ、お前は楽だよな」

 楽、と頭でなぞった言葉をそのまま復唱しようとすれば、それを遮るように続けられる。

「そうやって全部自分の所為にしちまえば赦されるんだから」

 知っているよ、俺は大人気ない人間だ、ジャン。だけどこんな俺にも一つだけ、分かっている事がある。お前は俺を、決して捨てられない。こんな俺を赦すのは他でもないお前なのに。分かっていて、そうして抜け出そうとしないのはお前も一緒だな。それとも、こんなどうしようもない男とは一緒にされたくなかったりして、な。
 狡い大人だ、とお前は言うのだろうか。嗚呼、いっそもっと俺を罵倒してくれないか。お前がそうして、感情を剥き出しにして見てくれるなら、何時か俺はお前に、何らかの感情を覚える事が出来るかもしれないから。再び口走りそうになった、飾りだけの謝罪の言葉を飲み込んで。何を言っても結果は見えている。揺るぐ事のない退屈に身を投げて、決して抜け出す事をしようとしないのだから。
 瞬きを一つ。眼前に広がるのは一面の闇。そうだ、俺は、始めから夢など見ていなかったのだ。




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