何がムカつくって、滑らかに白黒を流れるその手だったり、さらりと弾いてみせる姿勢だったり、時折こちらに向けられる舐めるような視線だったり、囁きよりもある意味質の悪い音色だったり、要は全て。全て気に食わない。
まあ弾いてみせろ、なんて言ったのは俺なんだけど。俺なんかで良いのかい、なんて苦笑しながら聞いてきたのは、謙遜じゃない事くらいは分かる。お遊びで止めておけば、それ以下もそれ以上も望まなくて済むから。そんなところに筆頭幹部サマの人間臭さを垣間見ながら、いいから、とちょっと不機嫌な振りをして顎で命じてやった。そして今に至るという訳だ。
彼の演奏がよく見える位置で肘を置いて寄り掛かる。オンガクなんて正直そんなによく分からないが、鍵盤を踊る指から奏でられる音がとてつもなく繊細で、こいつらしいと思った。良い意味でも悪い意味でも想像通り。だけど、耳に自然と入ってくる心地好さは、嫌いじゃあない。ムカつくけど。
まるで切り離された別空間にいるような気分だった。魔法か何かに掛かったように引き付けられる。ただそれを見て、聴いていたい。そう思わせるのはこいつが上手いっていうのもあるし、こいつが弾いている、というのもある。(恐らく後者だ)
自分が望んでそうさせた癖に、どれだけこの優男に惚れているか突き付けられたみたいで、どうしようもなく癪だ。ばーかばーかベルナルドのばーか。
心の中であかんべいしていれば、どうやら俺の為のリサイタルは終わったらしい。その指が止まると、鍵盤から優しく離れた。ふわりと残響に包まれる。こちらを見上げて微笑む彼に、不覚にもどきりとした。(彼はただ照れているだけなのに)
「…如何だったかな、マイハニー」
「それ、聞く?馬鹿野郎さん」
「はは、聞かないと不安でね」
随分とお喋りなんだな、ベルナルド。弾いている最中はそんな浮き足だった様子なんて微塵も見せなかった癖に、こんな大人げない姿を曝してしまうなんて。本当にどうしようもない、可愛い男だな。
嗚呼でも、どうやら俺も未だ魔法に掛かったままらしい。照れながらもこう口走ってしまうのだから。
「最高よ、ダーリン」
110214