!ベルナルド×GDジャン




「なあ、ベルナルド。もし、」
――俺が裏切ったって言ったら、どうする?

 世間話をするかのような気軽さでそう告げた。普段通り、山と積み上がった書類の束に囲まれて座る彼があからさまに動揺した様子が窺えて酷く滑稽で、泣きたくなった。





「……ジャン、どうした?」
 ベルナルドの喉から少しばかり高い音の、けれど微かな震えを帯びた声が絞り出されるようにして発せられる。顔は笑みを片付くってはいるもののそれは飄々とした普段の彼を装っているような、そうまるで暗闇を前にして、それでも気丈に振舞って俺を見る様なそんな表情を浮かべていた。出来る限りいつも通り、冗談のように切り出した俺の言葉に対しての警戒は長い付き合い故のものなのか、はたまた彼のマフィアとしての本能なのか。ポケットに突っ込んだままの手が触れている冷たい鉄の塊の感触に俺は少しだけ目を伏せる。
「もし。イフの話だぜベルナルド。そんな顔すんなよって。ただでも前髪が…、いや、それは良いんだけど、眉間に皺なんて折角のイケメンが台無しだぜ?」
 少し眉根を寄せたベルナルドに向かって冗談交じりにそう軽口を言ってやると少しだけ安心したように溜息を洩らしながら困ったように微笑んだ。
「そう、だな。全く悪い冗談やめてくれよ。らしくないと言えばお前だって、」
 その格好はどうした。
 ベルナルドの視線の先には俺の身に付けた黒いワイシャツ、そしてそこに結ばれた白いネクタイ。それは確かに視覚的に違和感を訴えかけるものだろう。確かに普段の俺はこんな色の服を身につけない。そう。俺の趣味じゃ、ない。イメチェンだと笑えば似合わないと笑われてどきりとした。似合う、と言われた瞬間に、裏切ろうとしているのは自分なのに裏切られた気分になりそうだなんて。一寸でもそんなことを考えた自分本位さに内心で自嘲する。
「で?さっきの答えが聞きたいな俺は」
 もう一度、繰り返せばベルナルドがぐっと息を飲む。俺の本気の色を見たのか困ったような顔から真面目な顔へと、そして苦悩するそれへと切り替わった。
「天秤にかけてくれよベルナルド。お前は俺と、組織、どっちをとってくれる?」
 長い、沈黙。真摯な彼だ。こんな質問に即答などしないとわかっていた。そして酷く困らせてしまうことも。それなのに態々こんな質問をしてしまった俺は幾つになっても餓鬼なのだと思う。
 長考の末、ベルナルドは唇を戦慄かせる様に『ジャン、俺は』と言った後緩く首を振って、それからまた黙ってしまった。
「やっぱ選べねーよなあ」
 自分でもわかるくらい酷く疲れた声が出た。彼が、己の立場も、仲間も、プライドをもかなぐり捨てて自分を選んでくれるなどと思っていたのだろうか。否、人一倍責任感と、忠義と、そしてこの世界では甘さと言ってもいいくらいの優しさをもった彼が、そんな愚かな選択をする筈がないと心の隅どころか明確に俺は思っていただろう。なら何故こんな下らない質問をしてしまったのだろうか。こんな、名残を惜しむ様な、必死に心地よかった”いままで”という状況にしがみつくような、そんな真似を。現実、留まってはいられないというのに。ここまで来て、戻れない道を戻ろうとする自分の甘さに吐き気がした。手を引き出せばこんな茶番も終わり、目の前の彼と冗談を交わす様なことも無いだろう。彼はきっと、俺を許さない。
「ジャン?」
 ベルナルドが俺に声を掛けるのと同時に俺は部屋に入ってから一度も出していないポケットの中の手を引き抜いた。中に入っていたものと、同時に。ガチャリ、という鉄の冷たく重い音がひゅっとベルナルドの喉から発せられた音に重なる。
 仲間なら今後も大切に、敵なら始末しないといけない。当たり前だろ?
 そんな三流映画のチョイ役みたいな安っぽい台詞を言ってハンドガンをそこに備わる劇鉄を引くことなく、振りかぶった俺に、驚愕の顔を引っ込めて悲しそうな、泣きそうな顔をしたベルナルドは一言。
 すまない、と。
 ガッという鈍い音を立てて思い切りハンドガンを叩きつけられたベルナルドはデスクに散らばる紙束の海にその頭部を沈みこませた。その姿に先の彼に似た表情を浮かべるのは俺の方。
「なんで謝るんだよ」
 漏れた小さな呟きに昏睡した彼から返事が返ってくるはずもなくそのまま執務室を後にする。騒ぎになる前に出なければ、と足早に廊下を進みながら外には胸糞の悪くなる様なあの男が待っているのだろうと、そして俺の隣に彼はもう二度と並ぶことは無いのだろうと想ってこの期に及んでの女々しさに溜息を吐いた。階段、長い廊下を通り過ぎ、遂には外へと繋がるドアへと至る。
「まあ、あそこで俺の手を取って寝返っちまうようなベルナルドだったら、俺はお前のことなんてこれっぽっちも好きじゃなかったんだろうけどな」
 愛してた。
 ぱたん、とドアを閉め、もう来ることも無いだろう本部の豪奢な建物を見上げてそう呟くと俺は背を向けて合流場所へと歩き出した。





「どうした?なんか悪い夢でも見たのけ?」
 執務室を訪ねれば座ったままの状態で眠りに就いた彼の姿があったものだから肩を軽くゆすってやれば酷く憔悴した顔で俺を見るものだからそう聞いてやれば彼はほっとしたように息を吐いた。
「いや、ジャン。大丈夫だ」
 そう言って彼は額にしっとりと浮かんだ汗を手のひらで拭いながら顔をあげて、俺を見て。そして。
「なあ、ベルナルド。起きしなに突然だけどさ。例えばの話だぜ――」




110209

キリさんよりいちまんひっとのお祝いに頂戴してしまいました…!
ベルナルド×GDジャンなんてなんて美味しいものを…っ!キリさんのベルナルドが御本人様すぎて素敵すぎてつらい。
何時も本当にありがとうございます幸せ噛み締めてます…!これからもどうか仲良くしてやって下さい!
ありがとうございましたー!

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