惰性。それ以外に何があっただろうか。切ろうと思った事はあった。そして、簡単に切れるであろう事も知っていた。それでも踏み切れないのは、強いて言うならば憧れ、に近い感情を彼に抱いていたからなのかもしれない。俺にないものを持っている彼に惹かれてしまった。俺に恋人が出来た事で、気付かない振りをしていたその懸隔を殊更感じるようになってしまった。こうして思い返してみればみる程、深みに嵌まってゆく。だったらいっそ、離れられないように繋げてくれないか。優しい優しい恋人には言える訳もない、儚い願い。ぐるぐる、ぐるぐる。俺が狂っていく。俺はどんな人間で、何を考え何を感じて何をして生きているのだろうか。分岐さえ分からない。ふらふらとただ放浪しているのだ。
 髪を流れていく手。骨張ったそれに、当然ながらも嗚呼やはり違うんだなと思った。今俺を抱いて(慰めて)いるのはルキーノで、恋人であるベルナルドは、俺の帰りを待ち侘びているのだ。ベルナルドが好きじゃないとか、そんなんじゃない。彼の前では余り言葉にしないけれど、好きだ。愛している。だからこそ、望めないものだって在るんだ。歓迎するでも抵抗するでもなくただされるがままになっている俺に、苦笑を浮かべた気配がした。何でも知っている、みたいな顔がムカつく。知られてたまるか。俺がどれだけベルナルドを好きか、こんな男に知られてたまるか。

「…あんた、さ」
「何だ」
「止めようと思った事、ないのかよ」
「愚問だな」

 深く息を吐き出す音。呆れたならいっそその方が有り難い。早く飽きてくれ。慰めた気になっているのだろうが、残念だったな。こんな図体して、包容力はこれっぽっちもない癖に。笑わせてくれる。微かに口角が上がったのに目敏く気付いたらしいその男は、何故笑うんだ、とでも言いたげに怪訝そうな顔をしてみせた。しかし、俺がそれに応える事をしないのも知っているのだろう。黙ったままその手を頬へと這わせてきた。擽ったい。それにしても、どんな心境の変化だ?紫煙を薫らすか出て行くかしかしないような男が、今更ピロートークでもするつもりなのだろうか。笑わせてくれる。

「何時もはそんなんしない癖に」
「しちゃ、悪いって?」

 悪い、とか、そんなんじゃなくて。お門違いだって言いたいんだけど。こんなに弾まないピロートークがあって良いのだろうか。これでも楽しいと言うなら、余程の変わり者だな。歯切れのない俺の声音は、奴にどう響いたのだろう。思わず口を結ぶと、頬を撫でていた手が止まった。目を合わせられる。射抜くような双眸に唾を嚥下させる事も出来ず、ただ息を呑んだ。不覚にもどきりとする。

「ジャン」
「んだよ」
「好い加減、俺のものになれよ」
「…はっ、冗談」

 そこに愛が在るのならば。否、愛など在ってはいけないのだ。タイミングを計ったかのように、好きだからお前を抱く、と最初に関係を持った時にこの男が吐いた台詞が、ふと再生された。俺もこいつくらい何も考えず生きていければ、どれだけ楽なのだろう。(そう思ってしまう時点で荒んでいる)
 それに嫌悪する訳でもなく靡いてしまうのは、やはり、この男に憧れている所為だ。そうだ、この関係に愛など成立する道理はないのだ。そうして俺は、また自ら進んでふらふらと、深みへと嵌まってゆく。脳裏を掠めた愛しい愛しい恋人の顔は、よく見えなかった。




101224
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