ジャンが愛しい。どれだけ見ても、どれだけ触れても、飽きる事はない。その瞳、睫毛、鼻、唇、表情、全てが愛しい。照れた顔も、少し呆れて苦笑する顔も、くしゃくしゃに笑う顔も、全てが愛しい。
 ジャンが足りない。どれだけ見ても、どれだけ触れても、もっと欲しくなる。その視線全てが向けられているというに、何処からかふと押し寄せる感情が、俺を不安にさせる。ずっと触れていたい。ジャンが足りない。
 お前は俺を愚かだと笑うだろうか。俺は、自分で引いていた線引きが分からなくなる程にお前を愛していたんだ。こうしてめでたく結ばれて尚、目が醒めたら俺の隣にお前はいないのではないかと、しがない不安に苛まれているのだ。

「…おい、ベルナルド」

 耳元で擽られる、柔らかい声音。嗚呼、これも夢の続きなのだろうか。出来れば醒めないで欲しい。この浮遊感ともう少し戯れていたい。現に引き摺られるのがどうしようもなく怖くて目をきつく閉じれば、今度は溜め息混じりの呆れた声音が降ってきた。

「今日は朝から予定が詰まってんだろ、筆頭幹部サマ」

 嗚呼、聞きたくない。ジャンの声を借りて仕事の話なんて嫌だ、聞きたくない。四六時中お前の事しか考えられない俺の身にもなってくれ。思わず耳を塞ぎたくなる。たまらず寝返りを打とうとしたところで、頬へ柔らかい感触。目を瞑りながら、瞬きを一回。もう足掻いても無駄だ。夢は完全に俺を見離している。観念して薄く目を開ければ、すぐそこにはジャンの顔。そこで初めて、彼にキスされていたのだと気付く。ぎょっとして声も出ない、筈なのに、少し口を尖らせているジャンも可愛い、なんて頭の端で思う俺はまだまだ余裕なのかもしれない。
 こうして彼の一番近くに俺がいる事が未だ夢なのかもしれない、なんて下らない自己陶酔に少しばかり浸りながら、腕を伸ばしてジャンが離れていかないように捕まえる。もう少し、もう少しだけ、愚図ついていると思われても良いから、傍にいてくれないか。

「ジャン、っ…ジャン」

 肩へ顔を埋めて、匂いを嗅ぐ。起き抜けにひたすら名前を呼ぶ筆頭幹部は、この上なく間抜けだと思った。必死な俺とは裏腹に、もうこんなダーリンには慣れたといった様子のハニーは、俺の頭を剥がすと、子供に言って聞かせるように額を合わせて。あ、その顔も可愛いね、ジャン。

「おはよう、馬鹿野郎さん」
「…オハヨ、ジャン」
「ダーリンは俺とのデートをすっぽかすつもりかしら」

 その言葉に愕然として、時計を見やる。そうだ、今日は休日じゃないか。俺とした事が、とんだ失態だ。ばつが悪くて目を合わせられない俺に対して彼は、何故だか少しも機嫌を害した様子はなく。

「…言い訳はしない、すまない…」
「いや、俺、嬉しいんだぜ。ベルナルドにしては珍しい事もあるんだなって」
「嬉しい?」
「そう、こんなあんた見られるの俺だけだろ?役得ってやつだよな」

 そう言ったジャンは少しはにかんだ笑顔を浮かべて。嗚呼、ジャンが愛しい。全てが愛しい。心臓が射抜かれるような衝撃に(それを言ったら、もうとっくに射抜かれているのだけど)自分のした失態を早くも忘れて、俺はまたジャンの躯を抱き締めていた。(そうしてまた、彼の呆れた顔も見られるんだ。なんて役得だ)




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