滑稽だとは思わないか。そう投げ掛けた言葉は、もはや自問でしかないのかもしれない。言ってしまえばこの男だって同じ思考を持った俺、である訳で、その言葉を音にしてもしなくても返ってくる答えはきっと変わらないのだ。知っている、と言いたげに鼻で嗤うとその男は、仰々しくも舌舐めずりをしてみせた。濡れた唇が何処となく官能的だと思うのは不可抗力、だ。人間誰しも自分が一番可愛いし、愛しいものだろう。(そしてそれは口実とも言う)ジャンカルロ、許しておくれ。俺が愛するのはお前ただひとりだ。しかしながら、お前を愛する為には俺は、俺を否定する事は出来ないのだ。それは、お前が気付かせてくれたのではないか。こんな屁理屈、聞いた事がない。我ながら滑稽だと思うよ。嗚呼、実に他愛ない答え合わせだ。
 掌が頬へと這わせられる。熱を持ったそれは、この男にも体温があるのだと知覚させた。ぎらりと眼鏡の奥が光る。俺はこれから、俺に、食われるのだ。甘受する俺は、男から視線を剥がす事は赦されない。ゆっくりと、唇が重なる。合間からぬるりと滑り込んでくる舌はとろけてしまいそうな程に熱く、思わず息を止めてしまった。快楽には従順なのかそれとも単にセックスが好きなのかは知らないが、(知りたくもないが)鼻に掛かった甘ったるい声音を惜しげもなく曝していた。すっかり夢中になって、目を瞑って自分とのキスに陶酔する俺、を、我ながら尊敬する。まるで録画したオナニーを見せられているような気分だ。だが、それも悪くない。疼き出す躯を持て余しながら、俺も目を瞑り、舌を差し出した。
 ふ、とそいつが不敵に笑むのが分かった。唇を塞がれたままに頬をなぞっていた手は肩へ下り、そのままベッドに押し倒される。思えばこのベッドは、どちらのものなのだろうか。ふと湧いた他愛ない思考に答えるのは、やはり俺しかいないのだ。手首を押さえられ噛み付くように唇を貪られて、興奮しない筈もなかった。

「は、…っ、ん、ん…」
「ん、…ふ、っ…ふぁ…」

 同じ声が重なるというのも、中々味わえるものではない。どちらが喘いでいるのか分からなくなるなんて事も有り得るのかもしれない。まあ、そんな錯覚を起こす程夢中になっていれば一々嫌悪する暇なんてないのだけれど。もしこのまま融合なんてしてしまったら、という危惧がふと頭に浮かぶ。文字通り一つになったら、どちらかの意志が乗っ取られてしまうのだろうか。共存するのもそれはそれで御免だが、消えてしまうのはもっと御免だ。
 舌をすぐさま絡め取られる。態とらしい水音を立てながら吸い上げられた。男の口腔はただ熱い。じんじんと痺れるような感覚がそこから広がり、思考を鈍らせていく。せめて頭だけでは抵抗させて欲しかったのに、どうやらそうもいかないようだ。嗚呼、これでは本当に溶けてしまうのも時間の問題か。唇が離れたかと思えば、挑発的にまた舌舐めずり。そう笑うベルナルド、を、俺は知らない。しかしその世界を垣間見るのも、悪くはないのではないか。一度頭を擡げた好奇心は中々振り払えるものではない。振り払おうとも思わない。人間らしい俺の、他愛ない思考だろう?




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