本日何度目かの溜め息。それも深刻なやつ。嗚呼、俺が馬鹿だった。何処から間違えたかと問われれば、こいつが文字通りのダーリンになったところからだと自信を持って答えられる気がするよ。渋々引き受けたは良いものの、流石にこんな本格的に設定されているなんて聞いちゃいない。周りの乗客さえ、筆頭幹部に雇われたエキストラじゃないかと疑いたくもなる。それにしても、腰骨の辺りにかったいものを押し付けてくる、この鼻息の荒いおっさんはどうにかならないものかね。
 満員御礼の車内、扉に追いやられると後ろに位置した猫背の男は少し屈むと、耳朶を舌で舐ってきた。いやらしい動きで蠢くそれを甘受しながら、この男は周囲などお構いなしに痴漢ゴッコを思い切り楽しむつもりなのだと知覚する。勿論、俺だって気持ちイイ事は好きだから本気で嫌な訳じゃあないが、それでも今の今まで普通に会話してたってのに、電車に乗り込んだ途端、痴漢役に徹するこいつの気が知れない。きっとああでもないこうでもないと入念にイメージトレーニングでもしてきたのだろう。くすぐったさに顔を背けようとすれば、甘ったるい吐息混じりの声音がそっと吹き込まれる。

「ほら、じっとして」

 エロボイスの無駄遣い。エロボイスの無駄遣い。エロボイスの無駄遣い。嫌みかと思うくらい使うシーンを弁えてやがる。きっとあんたの脳内にはシナリオが事細かに書き込まれているんだろうな。これ、RPGか何かか?だったら随分と王道な展開が用意されたものだ。(そう割り切れてしまうのも、この男に感化されてしまった所為だ)
 思い切り抵抗してこいつがまた(また、?)ムショ入りするのを見るのも面白そうだが、此処で宛てがわれた、怯える仔羊役を演じてやるのが情けというものだ。だって、こいつもうネクタイ解こうとしてるから。でかい声出そうとすればそれを俺の口ん中に入れる気なんだろ、うっわーあるある。
 そんなツッコミを知ってか知らずか、乳首をきゅ、と摘まれる。この野郎、こんな状況でも的確な位置を突きやがって。出来る事なら肘鉄でもしてやりたかったが、歯を食い縛って我慢、我慢。そんな俺の様子も手に取るように分かるのか、奴はまた耳をねちっこく舐めながら、柔らかく笑んだ。そして、腰へと回していた手をゆるりと核心へと這わせていく。こら、そんなに密着してたらバレるだろうが。あ、見せびらかしたいのか。把握把握。ジッパーを下げられ、その長い指が中に入り込む。半勃ちになっているペニスに触れられ、思わず肩が震えた。

「下着も着けていないとは…いやらしいね、ジャンカルロ」
「…意地でも穿かせなかった癖によく言うぜ」

 すみませーん、此処に変態がいまーす。呆れるように本日何度目かの溜め息。もはやこの日常に慣れつつある自分への憐憫と、苦でしかないエキストラへの謝罪を込めて。




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