指で顎を掬われる。くすくすと無気味に笑う彼は何処か底知れぬオーラを纏っていて、自分から手を伸ばしてしまったら最後、もう二度と元には戻れないような気がして。それでも、ベッドという限られた空間の中で躙り寄る彼を拒む術を俺は知らない。
 腕を回す仕草がやたら官能的だとか、こんな誘い方を何時覚えたのかとか、見た事のないジャンカルロに動揺を隠せない。目の前でブレる映像に嘲弄されているような気さえした。可愛いな、ベルナルド。そう彼の口から放たれた時には、流石に耳を疑って現実に引き戻されたが。眉間の辺りに口付けられ、怪訝そうな顔をしていたのだと気付く。このところ休息らしい休息も取っていなかったし、きっと疲れているだけなんだ。あのイヴァンにさえ心配されるくらいだから、人目にしても相当見るに堪えないものだったのだろう。だから、これはジャンが俺を癒そうとあれこれ考えた結果の気遣いなんだ。そうに違いない、そうだと言ってくれ。

「ダーリン、好い加減現実から目を背けるのは止めようぜ」
「…そんなつもりは、ないんだけどな」

 声が上擦る。この震えは一体何から来るものなのだろうか。恍惚からだとすれば、随分オーバーだ。ない頭で一番しっくりくる言い回しを考える。辿り着いた答えは、畏怖、だった。密着した恋人の躯からは、汗と、香水の匂いがした。嗅いだ事のない匂いだった。そんな伏線回収、要らない。せめて、シャワーは浴びてきて欲しかった。俺がどんな反応をするか、楽しんで、いるのだろうか。もし俺が愛想を尽かせたら、どうするのだろう。考えるだけ馬鹿馬鹿しい。万に一つも有り得ない話だ。どうやら未だ、無意味な自問自答をする余裕はあるらしかった。
 脱がせて、と催促するように、ネクタイを握らされた。心が何処かへ置き去りにされてしまったらしい、口は間抜けに半開きのまま、言われるがままそれを解く。着崩したシャツから覗くのは、紛れもないキスマーク。直視出来ない。分かっていた、分かっていたんだ。

「ジャン…、」
「なあ、やっぱりあんたじゃなきゃだめなんだ」

 艶やかな唇から、さらさらと流れ出る音。パンク寸前のキャパシティでは、その抑揚を追うのに精一杯だった。何を、何を言っているのだろう。呆気に取られているだけの俺を置き去りにして、彼はにんまりとした。そして、俺のベルトを外して前を寛げていく。抵抗も忘れてされるがまま、ただその様を眺めていた。
 くすくすとまたあの俺の知らない笑みを零しながら、ペニスに指が絡む。直接的な刺激に初めて、自分の躯は興奮しているのだと知覚した。嬉しい、と吐息混じりに彼が言ったらしかった。片手で俺のものを緩やかに扱きながら、片手で自身のベルトも解いている。嗚呼、放蕩息子よ、勘弁してくれないか。
 まるで人形にでもなった気分だ、意志を持っても動けないのに、彼が糸を操る度に、それが俺の意志かのように思い込んでしまうのだ。無表情で下半身を曝して、しかも勃起しているなんてどんなジョークだ。
 準備が整ったのを認めて、ジャンは俺の前で四つん這いになる。シーツに皺が刻まれた。腰を高々と上げて、先まで他の男が入っていた蕾を、ゆっくりと両手で広げてみせる。ひくひくと収縮を繰り返すそこは、確かに俺を欲していた。どろり、図ったかのように中から廃液が垂れてきて。

「来いよ、ベルナルド…今すぐ、あんたが欲しい」

 ふらふらと、脱力していた筈の躯が吸い寄せられるのをもう一人の自分が見ていた。嗚呼そうだ、俺の意志なんて始めからなかったんだ。




101104
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -