駄目元でお強請りでもしてみるものだ。あっけらかんと頷くと彼は、ずいと壁へと俺を追いやった。そんな不敵な笑みで、一体何を企んでいるのかなハニー。逃げ場のなくなった俺が半端な顔をしていれば、その前に躊躇いもなく膝を突いた。ともすれば舌舐めずりさえしそうな笑みを湛えたまま、焦らすように緩慢な動きでジッパーを下げる。この状況でこんなに堂々としているのはお前くらいじゃあないか。これから何をするかなんて決まりきっているのに、寧ろそう強請ったのは他でもない俺なのに、いざ現実を突き付けられると込み上げる唾液を嚥下する事さえままならない程に緊張していた。俺は餓鬼か。
 かちゃかちゃとベルトを解くと、スラックスを押し上げるそこを指先でなぞり、視線をゆるりとこちらへ向ける。嗚呼、たまらないよハニー。そのアングルだけで一週間は抜ける気がする。またそうして脳内でヒトリアソビを繰り広げていると、どうやら俺の予想以上に乗り気だったらしいジャンは窮屈そうにするそこへ指を何度か行き来させながら、お決まりの抑揚を乗せて言ってみせる。

「あーらダーリン、なんにもしてないってのにもう興奮してるのかしら」
「だって…その、ジャンがしてくれるなんて…夢でしか、なかったから」
「…正直で結構」
「意外とロマンチストだろ」
「夢だけで満足出来るのかよ、ベルナルド」

 不覚にもぞくりとした。おかしいな、ジャンカルロという男はこんな確信犯だっただろうか。お偉方との言葉遊びだけでは飽き足らず、俺までその毒牙に掛けようというのだ、全く、イケナイお子様だ。言葉を返せないでいる俺に、答えを聞く必要がないと言いたげに彼は、あっという間にスラックスを下着ごと下ろしていた。普段は舐めたがらない癖に、今日は随分とご機嫌なんだねハニー。鼻歌混じりにペニスに手を添える姿。夢で見た光景と重なりながらも、現の破壊力に眩暈さえ起こしてしまいそうだった。
 挑発的な笑みはそのままに、舌をべろりと伸ばして先端をちろちろと舐られる。唾液を塗り付けられ、生温かい感覚に思わず息を詰める。既に視線は釘付けだ。もう、彼と彼から齎される感覚だけに酔っていたい。頼んでもいないのに(しかし望んでいた事は確かだ)鼻から抜けた声音を漏らしながら舌を這わせるハニー。可愛い、なんてものじゃあない、卑怯だ、狡猾だ。

「ん…そんなの、一体何処で覚えてきたんだい…?」
「…ヒミツ」
「秘密ときたか…」
「あんた以外にこんな事やらせるやつなんか、いる訳ないだろ」
「それはどうかな」
「いやんダーリン、嫉妬?」
「はは、男の嫉妬は見苦しいって?」
「…ダーリンが妬いてくれるなんて嬉しいナー」
「せめてもう少し気持ちを込めてくれよ」

 他愛もない戯れを交わしながらも、ジャンは俺のものから手を離す素振りを見せなかった。本当に、珍しい事もあるものだ。明日は雪かそれとも霰か。ジャンが舐めている、それだけで達してしまいそうなのに、それ以上を望んで良いものだろうか。愛らしい音を立てて口付けられる。眩暈なんてもんじゃない、そのまま力が抜けて膝から折れてしまいそうだった。現実と掛け離れすぎた現実に、俺はただ狼狽えていた。
 躯は昂っているのに、頭が追い付いていないらしい。気付けばまた半端な顔を貼り付けて、込み上げてきた杞憂をそのままフィルターを通さず溢れさせていた。

「なあ、ジャン。まさか、夢オチって事、ないよな…」
「…あんたって頭良いけど馬鹿だよな」

 全くその通りだ。滅多にないチャンスに直面した途端、どうして良いか分からず棒に振ろうとしているのだから。




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