馬鹿な男がいた。第一に、それは見返りを求めない。俺がそう望めば、躊躇いもなく何もかも擲つつもりなのだ。第二に、それは虐げられる事に悦びを覚える。マゾだから耐えられる、なんてレヴェルでは語れないような仕打ちまで、その顔を蕩けさせて享受する。第三に、それは俺の事が、ジャンカルロの事が好きで好きで仕方ない。第四に、第五に。嗚呼、本当に、救いようのない馬鹿だ。
 少し具体的に列挙するとすれば。一度聴いたら大洪水、若しくは想像妊娠と言っても過言ではないエロボイスを備えておきながら、俺に対する殆どは睦言ではなく、言語にならないただの無意味綴り、だとか。キスも主導権を握らせてやれば、ただひたすらペニスを口淫するように恍惚と奉仕する、だとか。この関係を確立してからは、(デフォルトだったのかは知らないが)それは自ら進んで、下僕に甘んじているのだ。

 誰が誂えたか知れない趣味の悪い煌びやかな椅子に腰掛けて、脚を組む。当然のようにその前に跪いたそれは、その長い指を腓に絡めたかと思うと、すっと足首に恭しく唇を落とした。見えたその表情は既に、仕える事にこの上ない悦びを覚えているといった、下僕のものへと成り代わっていた。(寧ろそうじゃない時なんてあったっけ)
 ゆるりとその濡れた眼をこちらへ向けたそれが取り出したのは、またもや趣味の悪い、毒々しい赤のマニキュア。赤と言うよりボルドーに近い。これじゃあ未だルキーノの髪の色のがマシな気がする。

「宜しいですか、マイロード」

 下僕の癖に、そういう時ばかり甲斐甲斐しいそいつに答える事はせず、目線と顎でそれを肯定してやると。視線を落とし、足の爪ひとつひとつにそれを塗っていく。また厄介なのが、やたらとその所作が洗練されている事だ。手慣れてやがる。きっとあらゆる女を(男も、だったりして)あらゆる手でぐずぐずのどろどろにしてきたんだろうな、なんて。いやんハニー妬いちゃう。勿論それは心の中まで棒読み。
 こういうところはやっぱり器用なんだな、とか感心さえしながら、組んだ方の足がボルドーに染まるのをただ眺めていた。きっとこの男の脳内では、自分が化粧したその指を舐めしゃぶるシチュエーションにまで発展しているのだろう。大層気持ちが悪い。下になった足に取り掛かろうとするそれには何も指示しないまま、改めて爪ひとつひとつが染まった様を見やる。全く文句の付けどころがない。実に綺麗に塗られている。またそれが癇に障った。
 ただそれだけの理由。しかし十分すぎる理由だ。床に寂しげに置かれていたマニキュアを、蹴飛ばして宙に舞わせてやった。エナメル液が飛散して、折角綺麗に彩られた俺の足にも掛かってしまう。そうなるようにやったのだから当然と言えば当然の話。終点である、高いカーペットにまで毒々しい染みが及んで。

「あーあ。汚れちゃった」

 投げやりに言って。明らかに不機嫌ですアピール。だって面白いくらいにびくびくして様子を窺ってくるこいつがただ愉快だから。ものでも見るような視線を投げ付けてやれば、オジサマはまるで全力疾走でもしたかのように、はあはあと息を切らす。実際は何も悪い事をしていないってのに、どうしてそうお仕置きを望むのかねえ。嗚呼、そうか、救いようのない馬鹿だからだ。

「…ほら、舐めろよ。好き、だろ?」

 当然のように、汚れた足を眼前に突き付ける。あれ、エナメルって、体に悪い?まあ、きっと良くはないだろう。それでも乾く前に早く、と急かせば(急かさなくとも)嬉々としてその舌が這わせられるのだ。
 なあ、お前の頭の中では、この後益々綺麗になった足でぐっしゃぐしゃに頭を踏まれる光景がもう繰り広げられているんだろう?全く、虫でも這ったような気持ち悪さだ。こくりと頷いた愚者は(見なくても分かる、)ただ恍惚と笑っていた。




101023
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