目の前に広がるのは、眩暈さえ起こしそうな、淫靡な光景。これは決して俺が強いている訳じゃあない。だからと言って、望んでいない訳でもないが。髪の毛が地に付くのも、況してそのキレイな顔が地に付くのも厭わず、跪いて顔を伏せた男が、俺の足の指をただただ舐めているのだ。
 あれ、前にちゃんと風呂入ったの何時だっけ。自分で言うのもどうかと思うが、間違いなく清潔とは言えない足へ嬉々として顔を埋めるそれは、丹念に指を舐めたり含んだりしながら悦に浸って頬を上気させ、独りではあはあと甘ったるい声音を漏らしているのだ。嗚呼、この貧困なボキャブラリーでは、この様を変態以外にどう形容すれば良いか分からないわ、ダーリン。
 臭いやら滓やらが一層溜まっていそうな(自分で言うのもどうかと思うが)指の合間にも、その舌が滑り込む。ちろちろと刺激されたかと思えば、唾液を絡め水音を立ててそこを味わっているようにも思えた。恍惚として崩れ切った顔面を見るに、当分それは元に戻る事はないのだと知覚する。どろどろに濁った瞳は、疾うに羞恥など捨て去っている。

「…あのさ、あんたが喜んでちゃお話にならないんだケド。お分かり?おじさん」

 ぶっきらぼうに、何の感情も込めずに放った言葉は、きっとそれにとってはただのスパイス。恭しく三つ指をついていたかと思えばその手は緩やかに自らの下半身へと向かい、かちゃかちゃと覚束ない動きでベルトを外して、窮屈そうにスラックスを押し上げるそれを解放させようと前を寛げていた。あーあ、聞いちゃいない。確かにこの男は俺を奉仕する事しか見えていないとは思うが、そんな、這い蹲う自分に陶酔しきっているのだろう。
 少し苛ついた俺は、それが舐め終えたらしい右足を高く上げると、頭に向かって勢いよく振り下ろした。瞬間、心地好い呻き声が耳を擽る。あ、眼鏡食い込んで痛そう。衝撃で指に歯が当たったが、それは興奮で掻き消される。文字通り這い蹲う姿勢となった男の髪の毛を、汚い足で梳きながら、徐々に頭を擡げ始めた欲望とやらに任せて言葉を吐く事にした。

「ほら、その手退けろ。お前の全ては俺の為にあるんだろ?そんなにオナってたいんなら床にでも擦り付けてろよ」

 早く、と強制するようにもう一度、粗雑に踏み付けぐりぐりと力を込める。伏せられた顔が、愉悦に歪んでいる事なんて分かり切っているから。ねえ、こういうのがお望みだったんでしょう?ダーリン。いっそハニーらしくハイヒールでも履いて踏んでみようかしら。頭に風穴が開いちゃったりして。嗚呼でも、ご褒美にしかならないか。
 のろのろと足を投げ出したその男は、言われるがままに、スラックスのずり落ちた間抜けな恰好で、ペニスを下着ごと床へと押し付け、腰を揺らし始めた。ぎこちない動きは、瞬く間にいやらしいものへと変貌する。指を含みながら、自慰と呼ぶにはもどかしい、屈辱的な行為を進んで履行する零落れたその様は滑稽でしかなく、気付けば唾を飛ばす程に吹き出していた。

「ははっ、うわ、だっせえ!しっかり感じてやんの」
「は、…ん、ん…ふ…っ」

 くぐもり声は酷く甘ったるい。明るい嘲罵に調子付いたのか、サービス精神旺盛なダーリンはうねるような腰付きを披露してくれた。これには流石の俺もときめくというものだ。(この場合、飽きたと同意なので悪しからず)今度は腕を伸ばして、そのしがない前髪を思いっ切り掴み上げた。痛みに甲高い、嬌声が上がる。何だ、案外抜けないんだな。
 何だか久し振りに、愛しい愛しいその顔を拝んだ気がする。熱い吐息を漏らすそれに、こちらも少しばかり熱を帯びた声音を奏でてみせた。

「なあ、ご褒美やろうか」

 こちらをゆるりと見上げると、意味を理解出来ていないのか、クエスチョンマークを浮かべてきょとんとしている。ちょっと可愛い、かも。自然と吊り上がる口角に、初めて、俺自身もこの痴態に興奮していると知覚した。こんなどうしようもない変態に付き合っていた筈なのに、何時の間にかそれにしか満足出来ない自分がいた、らしい。
 そうか、聞こえなかったのなら、耳元で言ってやれば良いのだ。前髪を掴んでいた手を離して胸倉を取ると俺も屈み、舌を伸ばせば触れる程に顔を近付けて、餓鬼にでも言い聞かせるように、緩慢に言葉を紡いでみせた。

「ご褒美だよ、ゴホウビ。欲しくねえの?ほら、…誘ってみせろよ」

 ちゅ、と唾液でてらてらと光る唇に触れるだけに口付けて。それだけで、幸福感に満たされた、不気味な程に柔らかな笑みが形作られる。あんた、本当に最高だよ。
 投げ捨てるように放ると俺の視線を浴びて昂っているらしいその男は、震える手で下着を下ろすと、熱に浮かされたように俺の名前を何度も何度も呼んで、浸っているようだった。

「ジャ…っ、ジャン、もう、っ…、は、早くっ…」

 言いながら。こちらに尻を向けて見せ付けるように、そのキレイな指で後孔を開いてみせる。どうしようもなく気持ちが悪かった。




100912
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