ジャンカルロという男は、俺が兼ねて想像していたより利口で、回転の早い男だった。その雰囲気から、人を引き付ける魅力があるというのも頷ける。ただの餓鬼と大差ない筈なのに、何故だか周囲をそのテンポに巻き込んで、納得させる力がある。俺の目から見てもカポの素質らしいものは感じられる。無論、まだまだ不完全だ。原石とは言え、磨いてやらなければただの石ころ同然だ。だから俺には奴をぴっかぴかにしてやる義務があった。他の何でもない、組の為に。
 何時からだっただろうか。気付いてしまったのは、何気なくジャンの視線を追っていた時だ。柄でもなく物思いに耽っているかと思えば、こいつが見詰めている先には決まってベルナルドがいた。一度や二度なんかじゃない。意識すればする程、日に日に増していくようにさえ思えた。間違いなくそれは、恋をしている目だった。
 それから見る見るうちに、ジャンとベルナルドの距離が縮まっていくのが分かった。二人が恋仲になるのもごく自然な流れだったし、ベルナルドが浮気をするのも何時もの事だったし、(そもそも当の本人は浮気という概念がないらしい)それでジャンが傷心に浸るのも型に嵌りきった、言わばお約束の展開だ。そして、俺がこうしてジャンを慰める、のも。
 俺が抱いてやる事でこいつが靡くとは到底思えないが、同情されている事くらいは空っぽの頭で理解しているのだろう。(それが錯覚とも知らずに)だからと言って俺は、奴を慰めて、ダーリンの代わりに愛の言葉を囁こう、などという陳腐な考えは最初から持っていない。何故なら俺は、この男の事が嫌いだからだ。

「…は、…あっ、」

 二人分の重みを乗せたベッドが、心地好い弾力を返してきた。少しは抵抗されるかと思いきや、驚く程にジャンは従順だった。悪態の一つや二つは吐くものの、声を押し殺す様子もなく、堪えている様子もない。躯を密着させれば奴は遠慮がちに腕を回し、まるで請うような目でこちらを見据えてくる。こう見るとやはり綺麗な顔をしている。だからと言ってそれをどうしたいという訳でもないが、ただ、惜しいと思ってしまっただけだ。
 啄むようなキスを繰り返すと、擽ったそうに躯を捩る。優しくされる事に慣れていないと言うよりそれは、戯れは良いから早く忘れさせて欲しい、塗り潰して欲しい、と懇願しているように思えた。刹那の快楽の後に残るのは虚しさだけなのに。きっとこの男はそれを知った上で、こうして俺に躯を委ねているのだ。奴にとって好きでもないこの俺に。(そもそもこの関係に愛など存在する筈もない)
 お望み通り、緩んでいる後孔に指を突き入れてやれば、ジャンは緊張からか圧迫感からか躯を強ばらせた。そりゃあお前のダーリンの指はこんなに太くはないだろうよ。その違和感に嫌悪しているかと思い、ちらりと表情を一瞥すれば、どうやらそういう訳でもないらしい。は、はと息を断続的に吐いて力を抜こうとしている様を見下ろしながら、こいつは何時からこんなに女々しくなったのだろう、などと余計な事まで考えてしまう。それでも少しは快を拾っているのか、それらしい声を漏らしながら、目を細めて浸っている。込み上げてくる感情には気付かない振りをしながら、内壁を擦るように指を動かす。いやらしい水音が奏でられ、嫌でもベルナルドに中出しされたのだと思い知らされる。滑りは悪くない。しかし複雑な心境にならざるを得ない。一旦指を引き抜いて、それに付着した廃液を見せ付けるように目の前へ持っていく。ジャンは何も言わずそれを口に含み、舐め取った。
 恐らく無意識にだろう、ふ、と柔らかく微笑みながら恍惚とベルナルドのそれを舐める彼に、ちりちりと頭の奥で不協和音が鳴った気がした。自分でやらせて起きながらそれは不愉快以外の何でもなかった。ベルナルドを忘れさせてやるという名目なら、この行為を続けるべきだろうが、(寧ろ逆効果だ)生憎そこまでしてやる義理もない。苛立ちだけを噛み締めながら、指を再び後孔に這わせる。今度は二本、纏めて埋め込んでやれば、甲高い悲鳴が喉から漏れ出る。間髪入れず抜き差しを繰り返せば、中はきゅうきゅうときつく締め付けてくる。艶を帯びた嬌声へ次第に変化していく様を何処か他人事のように無感動に聞きながら、それでも興奮する自分の躯に思わず笑いそうになった。間男というポジションに酔いしれている訳でも、俺にとって意味のないセックスを楽しんでいる訳でもない。これはそう、ただの生理現象だ。
 奥にある痼りを指が掠めると、内部は一層収縮を増し、もっとと強請るように奥へ奥へと誘っていく。勃ち上がった中心からは蜜が滲み、それを空いていた手で先端に塗り付けるように弄ってやると、びくびくと面白いくらいに躯が跳ねた。もう我慢出来ないのか。嗚呼、反吐が出る。
 中心を握って、強く上下に扱く。全身を震わせながらその快感を享受するジャンは、ともすれば俺の言う事を全て聞くのではないかと錯覚する程に、感じている様を俺に曝した。徐々に溢れてくる先走りが手を濡らし、滑りを良くしていった。執拗に前立腺を責め立てながら、射精を促すように乱暴なくらい激しく、中心を愛撫する。回された腕に力が込められた。絶妙のタイミングで耳朶を食み、低く囁いてやる。

「ほら、イッちまえよ」
「は、あぁ…く、あ…あっ!」

 堪えられず一際高い声を上げて欲を掌に吐き出した。色香を纏う、仄かに上気した顔は見ていない振りをして、達したばかりの彼を気遣う事もせず、指を引き抜き大きく脚を開かせた。肩で呼吸をしながらこちらを不安そうに見やるが、抵抗するつもりはないらしい。こんなにしおらしいこの男を見るのもこれが最初で最後だろう。
 前を寛げて蕾へ宛てがうと、言葉を交わす事もせず、ゆっくりと腰を押し進めていく。何の意味もない肉の結合。それでもこの行為をしようと揺り動かすのは快楽と憐憫と嫌悪と、
 どす黒い感情を織り交ぜながら、中心を全て収める。内部は予想以上に狭かったものの、思っていた程のぎこちなさはなく、居心地も悪くはなかった。甘い言葉の一つも言ってやれば雰囲気が出るだろうが、そんな気は毛頭ない。律動を開始すれば、ジャンは中を押し広げられる感覚に目をきつく瞑った。それでも齎される刺激から快感を追おうとしているらしく、喘ぎを漏らしながらも動きに合わせて腰を緩やかに揺らしていた。それもこれも、全てあいつが、ベルナルドが仕込んだもの、だ。そう分かっていながら、捩じ曲げられたループを抜け出す事をしない俺は、ただの道化だ。
 感傷に浸る間もなく雑音に早くと急かされ、思わず躍起になって奥へ強く打ち付け、痼りに当たるように激しく揺さ振ってやる。ジャンは惜しげもなく嬌声を溢れさせながら、次々に生み出される快楽の波にすっかり身を委ねている。気付けば奴の中心は再び勃ち上がり、とろとろと蜜を流していた。

「あ、ぁっ…は…も、っ…もっと、…ああっ」

 お前は都合の良い、おめでたい人間だ。心も躯も掻き乱されて、何も考えず浸っていれば良いのだから。容赦なく責め立て続ければ、限界も近いのだろう、首をいやいやと振りながら譫言を頻りに漏らしていた。それは、俺がこいつの口から何よりも聞きたくなかった、聞かない振りをしていた音だった。

「は、あっ…!ベル、…ベルナルド…っ、あ、はぁっ!」
「…呼んだかい、ハニー」

 止めろ、その名前を呼ぶんじゃない!叫び掛けた俺の背後から、いやに澄んだ玉音が空気を切り裂いた。全く以てこの場に似付かわしくない、玲瓏たる音だった。嗚呼これもお約束の、仕組まれた展開だ。
 当然ながら、ジャンの顔から急速に色が失われていく。言葉を発する事も出来ず、怖ず怖ずとベルナルドの存在を認める。繋がっている事も忘れてしまったのだろうか、何をしようという訳でもなくがたがたと躯を震わせ、何とか口から言語を生み出そうとしていた。

「あ、…あ…」
「やあ、ルキーノ。奇遇だね」

 ジャンを気にした様子もなく、寧ろ、気にしていないように見せているダーリンを演じているように振る舞うベルナルドに、やはり、こいつは愛されているんだと思う。憎くて、恨めしくて堪らない。ずるりと中心を引き抜くと、なるべく声色も表情も変えないまま、言葉を返した。(隠さなくともジャンは気付かないだろうが)

「…何時から、そこに」
「答える必要があるとでも?」

 冷ややかな視線が、投げられる。自ら脚本・演出を手掛けておきながら、この男は音をなぞるだけの台詞回ししかしない。俺の言葉を待たず、ゆるりとその双眸をジャンへと向けた。ねっとりと舐めるような視線を浴びてジャンはびくりと肩を大きく跳ねさせる。目を合わせる事も出来ず、かたかたと歯を鳴らしていた。かと思えば何かに突き動かされるように、周りに散らばった服を掻き集める。漸く戻ってきた頭は、逃避を選んだらしい。

「あ…俺、俺…っ、」

 悪夢でも見ているような顔だった。きっと、誰が何を言おうが今のジャンの耳には入らないのだろう。羽織ったところで布切れと変わりないそれらを手繰り寄せ、ふらふらとドアへ向かって覚束ない足で走り出す。おいおい、そんな格好で一体何処に行く気なんだよ。
 止めるつもりも追い掛けるつもりもないらしいベルナルドは、ただ立ち尽くすのみで。横を通り抜けて部屋を出て行くジャンを視線だけで追う彼はその余韻に浸るように、確かに、笑って、いた。




遊ぶ気すら起きない
(可笑しな話だ。俺は至って真面目に役者を演じているのに、これが喜劇の台本だとはな)





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