アンタって不能なの?それとも俺にそんな魅力ない?そんなようなことを口にして長い溜息を吐いた俺に彼は手元から視線を外すと困った様に眉を顰めて生え際の危うそうな前髪に手をやった。意気地ねえな、俺の事が好きなんだろうとこれだけ煽ってやっているというのに歳を重ねるというのは存外に面倒なもので人を無駄な倫理観やらなんやらで縛りつける。俺だっていい歳こいて恋愛対象が男へ移るだなんて世間様へのためらいやら抵抗感が無い訳ではないのだから俺より一回り大人な彼ならば猶の事だろう。
 そんなことは、わかっている。けれど。
「ハニーはまたそうやって、冗談が上手いな」
「冗談じゃねーっつの」
 唇を尖らせた俺に苦笑を漏らす彼はやはり大人で羨ましかった。いや、いっそ恨めしかった。気持ちの整理が追いつかない俺と違ってちゃんと分別をつけている辺りが。
 彼の仕事部屋にあるソファに俺が腰を沈みこませると彼は話が終わったと思ったか手にある書面にまた目を通し始める。ああ、その、俺よりも優先されている紙束を今すぐぐしゃぐしゃにしてやりたい。彼の目の前で。彼のやっていることはファミリーの、CR-5の、それらを統べるカポである俺の為の行為であることはわかっているし、先に述べたように俺も感情のままに行動を起こすような愚かな真似は出来ない程度には年齢を重ねているが願望を脳内に思い描くのは、自由だ。
「そんなに俺の事嫌いけー?」
「そんな訳ないだろう?好きだよ、ジャン」
 テンプレートな幼い愚痴に、これまたテンプレにハマったありきたりな返答。俺の言い方も大概本気には聞こえないが中途半端にそんな宥め方をされても逆に苛立ちが増すだけだ。こんなんだから長年好きだった女にも振られるんだろうがクソッタレと内心で舌打ちながらソファの肘置きに凭れかかりながらははっと鼻で笑ってやった。
「それって何、ペットに向けて言う感じの奴け?ああ俺ってば犬だもんなお前にとっての俺なんて所詮そのてい「ジャン」
 自嘲を込めた言葉はつらつらと喉を介して容易に外へ飛び出す。いっそ気持ちがいいほどに。そんな俺の言葉を遮ったのは言葉を向けていた対象の、こんな言葉なんてさらりと受け流してしまうだろう目の前の彼だった。その、真剣さを帯びた声にうっと押し黙る俺に向けて彼はもう一度静かに俺の名前を呼んだ。
「なん、だよ……」
「俺はお前にお前への愛を馬鹿にされたくはないな」
「……はっ、あはは、なに言ってんのダーリン。俺の愛無下にしまくってんのは」
 アンタだろ、と言いながら俺は俺に詰め寄って来た彼のタイを思いっきりひっぱると近付いた顔に、唇に自分のそれを押し付けた。がっと音がした痛々しいキスは唇を傷つけた様でどちらのものかわからないが鉄分の味が混ざる。
「ってえ……」
 唇を離した先の彼の顔は困惑に揺れていて、俺はそれが酷く滑稽で声をあげて笑う。いつも飄々とした彼の浮かべたそんな表情にささやかな優越感を覚えたのかもしれない。
「こういうこと、あんたはしたくないんだろ?性欲の含まれない愛なんてほんとの愛じゃないんだぜ?」
 後半の言葉はどこぞの偉い心理学者が嘯いていた言葉を捩ったに過ぎない。俺だって、そんな行為がなくとも繋がっていられるものはあると、そんなことはわかっているのだけれど。
 寂しいじゃ、ないか。
「……好き、だからさ」
「は」
 トーンの落ち着いた声音で呟かれた愛の言葉は先とは違ってずしんと心の奥に響く。
「愛しているからこそ、手が出せないってあるだろう?」
「……へたれ。これだからチョイ駄目なんだよ」
 軽口で彼の言葉をいなす。照れ隠し、というとなんだか悔しいが正にその通りな自分の言動に溜息が出た。
「ははっ、へたれとは言ってくれるな……まあ、そうなんだろうな。未経験のことには何時だって臆病になってしまう。いい大人なのにな、ジャン。俺は、」
 そこで言葉を切った彼はまた困ったように微笑んで、
「こんなに真剣な恋愛は初めてなんだ」
 真摯にそんなことを言われても、困る。




100727

poleczkaのキリさんより頂きました!
もう理想すぎるベルジャン…!!何時読み返してもどきどきが止まりません。もえすぎて悶えすぎて誰が見てもスパムなメッセージを送ってしまいましたが後悔はしていません。ほんと大好きです!
どうもありがとうございました!

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