するり、と流れるような所作で、腕が回された。鼻に掛かる吐息はいやに熱いのに、俺を見据えるその双眸は冷え切っていて。嗚呼、この男と交わる事はきっとこの先もないのだろう、と確信する。彼は、がんじがらめの腕をいとも簡単に擦り抜けてみせるのだ。
 柔らかくもない、貧弱な躯。色気も何もない、筈なのに。どうして、こんなに惹かれてしまうのだろうか。視線が剥がせない。正しくこの男に見惚れている、と思った。抱き寄せる事も出来ないでいる俺に痺れを切らしたか、ベルナルドの掌が、そっと頬へ添えられる。ひどく優しいその感触に攫われ、そのまま縋り付いてしまいそうだった。
 ぬっと顔を覗き込んでくる。近い、近い。ただそれだけなのに、何もかもを見透かされていそうな気がして、(強ち間違いではない)動けそうになかった。すると彼は、ふ、と柔和な笑みを浮かべて、その甘い声音で耳を擽ってみせた。

「何だ、泣いているのか、ルキーノ」
「誰が」

 そんなに間抜けな顔をしていた、だろうか。唸りに似た声を絞り出して眉を顰める。例えば今すぐ、力任せに首を絞めたら、この冷眼は俺を見てくれるのだろうか。答えは分かり切っていた。下らない、とうとう頭まで狂ったか。
 尚も頬を撫でる掌を払う事も適わず、ただ立ち尽くしたままの俺の中に、また、甘美な囁きが浸透してくる。

「慰めて欲しいのか?」

 その台詞を、そのまま返してやりたかった。しかし言葉を遮るように、徒に指先が唇をなぞる。頭がぼうっとしていく。そのまま流されてしまうのを畏怖して、無意識にその指に噛み付いていた。些細な抵抗だ。どうしようもなく惨めだった。
 痛みに僅かに声を上げたベルナルドだったが、くっきりと残った歯形をまじまじと見詰めて、それは愉快そうに笑う。まるで、俺がそうするのを、期待していたように。もっと付けてみろ、とでも言いたげに。
 掌が漸く離れる。一つ、二つのやり取り。そのたった数分が、俺にはいやに長く感ぜられた。今、自分がどんな顔をしているのか、分かりたくもなかった。図体だけでかい餓鬼をあやすように、彼は顔を近付ける。
 すっと、流れるような所作で、額に口付けられていた。こんな戯れは、慰めではない。決して越えられない一線を思い知らされた、だけだ。その唇は冷たく、乾いていた。




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