きっと彼は、俺が死ねと言えば清々しい顔をして死ぬのだ。そう確信したのは何時だっただろうか。少なくとも、今こうして眼下に広がる痴態に何の感情も抱かない俺が、それを言うとは考えられなかった。
 狂犬と言われる彼を支配して、従わせて、ヨロコビを覚えているんじゃない。ただ、彼が何処まで俺の言う事を聞くのか、試してみたくなってしまった。そんな、些細な好奇心が発端だった。
 ぴちゃ、ぴちゃといかにも下品な音を立てて投げ出される足の指を舐るのは、上品な顔をしたお坊ちゃん。尤も今のそれは見る影もなくどろどろに融解しており、ただひたすらに俺を奉仕する事しか頭にないのだろう。譫言のように俺の名前を呼びながら、恍惚とくぐもり声を漏らす彼に、意味があるとも思えない羅列をなぞる。

「ジュリオは、俺がだいすきなんだな」

 抑揚も何もない淡泊な台詞。分かり切っている言葉を連ねるのが、こんなにも下らないなんて、初めて知った。俺の言動にいちいち一喜一憂するこいつの事だ、真意を汲み取ってまた一様にごめんなさいと謝るかと思えば、どうやらそんな余裕はないらしい。夢中になって舌を揺らめかせながら、とろけきった顔で何度も頷いてみせた。

「ん…は、い…っ、…すき…すき、です…ジャン、さん…んっ」
「じゃあさ、もっと誠意見せてくんねえ?」

 誠意のカタマリみたいな男によく言う、と自分でも思った。恥ずかしさも微塵もない告白に応える事はせず、唾液でふやけた親指で唇をなぞる。柔らかい感触が返ってきたと思うと、何をすべきか分かったらしいジュリオは、それを嬉々として含んでみせた。
 口内は思っていたよりずっと熱かった。頬を窄めて懸命にしゃぶる。その表情は法悦に浸り、この上なくいとおしいものにでも触れているかのように(実際そうなのだろうが)大切に大切に愛撫してみせた。流石にホンモノの犬にはこんな事は出来ないな、なんて。特に興奮を覚える事もなく、吸い付いてくる唇も絡み付いてくる舌も、戯れくらいにしか感じていなかった。
 どれだけ親指をしゃぶっていただろうか。俺が何も言わないでいると(正確には言えない、だ)人差し指へとその矛先を変えた。洗ってもいない足をよくそんなに舐められると思った。

「ん、は…、んっ…ジャン、さ…っ」

 言ってもいないのにちゅぱちゅぱ音を立てて戯ればむジュリオは、滑稽以外の何でもなかった。こうしたら俺が喜ぶとでも思ったのか。ちゃんちゃらおかしいな。
 どうやって突き放してやろうか、それだけをひたすら考える間に、どうやらもう小指まで愛撫したらしい。奉仕する快感に躯を震わせながら、そろそろと俺の顔を窺う彼に、ふと込み上げてきた感情を前面に押し出した。

「お前、ほんっと変態だな」

 そう吐き捨てると、眼下に見据えた男は正しく、歓喜していた。




100721
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