どうしてあんたは怒らないのか。何時だったかそう愛しのハニーに言われた事がある。どうして、も何も、俺は彼を誰よりも何よりも愛しているからその必要性がないだけであるし、彼の言動で俺の負の感情を引き起こす事も有り得ない。俺はお前がいないと生きていけない(そうでなければならない)のに、捕らえておいて懐柔しておいて丸でヒトデナシみたいに突き放すなんてあんまりじゃあないか。そう思いながらも、どの選択肢が正解か倦ねている内に、益々彼の機嫌は悪くなっていくのだ。そんな顔も可愛い、なんて言ったら恐らく3日程口を聞いてくれなくなるだろう。
 心地好いコーヒーの薫りが鼻を擽り、微睡みから現実に引き戻される。仕事中にこんな考え事だなんて、俺も疲れているのだろう。最後にきちんと眠ったのが何時かなんて、思い出したくもない。そう言えばつい先程部下にしたくもない説教をしたところだった。きっとその所為で余計な事を考えてしまったのだろう。声を荒らげた記憶はあるが事務的なやり取りだ、当然ながらこちらも私情を交える必要性がない。

「……はぁ…」

 長い溜め息を吐き出して、コーヒーを喉に流し込む。こんな時、お前が来てくれたら。少年のようにころころと表情を変えるお前は俺を救ってくれる気さえする。ラッキードッグは、馬鹿なダーリン、なんて憎まれ口を叩きながらも満更でもない表情を湛えるんだ。嗚呼、早く会いたいよ、ジャン。今度こそ機嫌を損ねないように振る舞わないと、彼の望むままに振る舞わないと。俺は彼が愛しくて愛しくて仕方がないから、彼の意思は俺の意思であるべきだ。俺は彼がいないと生きていけないのだから。




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