魔法の言葉がある。何の捻りもない、下らない羅列だ。しかし、これからはそれを吐くだけで彼は条件反射のように俺に屈服し、言いなりになるのだ。拭えない弱み(というよりもトラウマか)につけ込んで、追い詰めていくのはどうしようもなく心地好かった。
椅子に半裸で凭れ掛かるベルナルドは、別に四肢を縛られている訳でもない。これから起こるそれこそ凄惨、な仕打ちをただ待ち望んでいるだけ、だ。彼は、知っている。俺に逆らえばどうなるのかを。何処までも頭の良い男だ。この灯が消えれば、嫌で嫌で仕方ない暗闇とご対面。それ以上に従う要因があるとすれば、俺の事が好きで好きで仕方ないから、だろう。ゆらりと不安げに揺れた瞳は、俺に捨てられるのを畏れているから。目の前で揺らめく炎を映した訳でも、齎される痛みを予感した訳でもない。
俺はといえば、蝋を何処に垂らしたらこの男が悦ぶか、それを考える事で頭がいっぱいだった。とろり、蝋燭を傾けると、所在なさげにしていたそれは、ベルナルドの腹部に静かに垂れる。瞬間、奴の躯がびくりと魚みたいに跳ね上がった。
「っ!ヒ、ひい、っ…い、いやだ、…ジャン、っ…」
「おーおー怯えちゃって、可哀想に。何が嫌なんだよ、ベルナルド」
大嫌いな暗闇と、大好きな俺。その大好きな俺に与えられる痛みは、果たしてどんな感覚なのだろう。外部から与えられる刺激全てに過剰に反応し、錯乱しているベルナルドには、理解する事も天秤に掛ける事も出来ない。がたがたと震えながら自分の躯を抱き、悲鳴を上げる筆頭幹部を目の当たりにして、俺はどうしようもなく欲情していた。込み上げる笑みを抑える事が出来ない。次々と腹へ垂らしながら、懐かしい軽口を叩いてやる。
「ダーリン、お次は何処が良いかしらん?」
「ひ…っ!や…やめ、…あぁあっ…!」
俺の声を聴いて怯えるなんて、寂しいなあ。そう思うと、今度は嬌声が響いた気がした。あ、そうだ、ちょっと手が滑って、乳首へ垂れてしまったんだった。熱に悶え、仰け反る躯。白い首が綺麗で、見惚れてしまう。
これだけ反応が良いと、用意させた甲斐があるというものだ。どろどろと間髪入れず上肢に蝋を垂らしながらご褒美にキスしてやれば、縋るような目が、見上げてきた。
「ん、ん…は…ジャン…っは、あ」
本当、可愛いな。ただキスしてるだけだってのにそんなに夢中になっちゃって。あれだけ俺をとろっとろにさせていたこの男が、こんなに稚拙な口付けしか出来ないなんて、未だに信じられない。それでも俺の興奮は収まる事はなく、寧ろ膨らんでいくばかりだった。
ベルトを解いて前を開けてみれば、あら不思議。(まあ、分かってはいたが)こんな状況でもちゃあんと勃ってるアンタには完敗だわ、ベルナルド。とは言え俺も我慢出来そうにない。嘲る事も忘れて、服を脱ぎ捨てた。上に跨がると、先端から溢れる先走りをぬるぬると後孔へ塗り付ける。ただ表面を行き来するだけの動きに、情けない喘ぎが漏れた。
「あっ…は、ジャン、ぁ、…あ…」
「良いよな…ベルナルド?愛してるぜ」
魔法の言葉がある。それ自体では何の意味も為さない、下らない羅列だ。
俺は触れるだけの口付けを落とすと、腰を沈めていった。
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