上は、卒業式のあとで、賑やかだが、ここは、いつものように静かだった。

なにかに蓋をするように扉を閉めれば、ほっと心が安堵する。
やはり幾つになっても賑やかな雰囲気は苦手だ。

そして、サスペンションが良く利いた椅子に身を沈め、執務机に貯まった書類をパラパラと見る。あまりの多さに、明日から夏休みだというのに、今年もまた、返上かと思うとため息が出た。

別に夏休みだからといって何か用事もあるわけではないが、やはり、長期休暇ぐらいは校務から解放されたい。



仕事は、一向に進まない。
集中しようと思えば、集中力は削がれていく。
脳裏にちらつく、あいつの所為だ。

羽ペンを無造作に筆立てに投げ、頭を掻きむしる。

−−コンコン

こんな時に、と苦々しく思うも、居住まいを正し、入室を促す。

扉が少し、開き、ひょっこり覗かせたのは、名前だった。

「先生。」


何度も聞いたその声が、今日で最後だとは考えたくなかった。

「苗字か。」

「先生、今日でお別れですね。」


出会いがあれば、別れがある。また出会いがある。幾度となく、出会いと別れを繰り返した。
この学校で、己の人生の中で。生きる意味を見失う程の別れもした。人生とは、出会いと別れを繰り返すこと、そんな風にさえ思える。
そして、また別れがきた。
別れというものに、感傷を抱く程、若くないが、名前と別れるのは惜しいと思ってしまう。

唯一、私に変わらず温かい視線で包んでくれた。
しかし、闇に身を落とした私にはその資格はない。



「先生、私のことすき?」

まるで独り言のように、ぽつりと呟く。

何度となく聞いた、その問。
そしていつものように俯いた。

応えることはない。
きっと大人になるということは、こういうことなのだろう。感情というものを頑丈な匣に入れ鍵を掛けることがたやすくなった。
開けそうになっても開かないように抑え付ける。
そして、見て見ぬふりを。それが大人と子供の違いだ。

「やっぱり答えてはくれないのですね」

思わず、顔を上げてしまった。
それ以上侵そうとはしなかった名前が越えてきた。
卒業だから、別れだからだろう。
私にしてみれば、越えては欲しくなかった。そのまま、卒業してくれれば、よかった。
この匣が開いてしまった時、私に見て見ぬふりができるだろうか。

「苗字、何も聞くな。我輩はお前に何も言うことはない。」

そう淡々と口にするのが精一杯で、視線を反らした。

「そうですよね。7年間お世話になりました。本当に、ありがとうございました。」

若干震えた声。
堪えるように硬く目をつむった。
見ないように、見てしまわないように。
この次に目を開けるときは彼女が去った時。

「さようなら、先生」


哀愁を帯びた物悲しくも艶やかな声に惹かれた。

泣きそうで必死に堪え笑顔を湛えるいじらしい姿に、匣が。

硬く閉ざした匣が開け放たれた。


「名前……」


温もりを決して逃がさないように、固く閉ざす。


「先生……」

囚われることを赦すかのように、名前の腕は私の首に回せれた。




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -