いつもそうだった。
答難い時はいつもそうする。
先生は私の様々な問いに、的確に答えてくれた。
学問のこと、日ごろのみじかな疑問、瑣末なことさえも。そして私にたくさんの知識と心得を与えてくれた。あと、先生と過ごした思い出。どれも大切で掛け替えのないもの。
けれど、一番欲しい答はくれなかったね。
ねえ、先生、私のこと、すき?
そう言うと黙って、先生は決まって視線をそらす。
答えたくないときの癖だ。
どれだけのひとが、それの癖を知っているのだろうか。
きっと私だけかもしれないね。
長い時間を見てきたから。
いっぱい貴方に質問してきたから。
別に答えなくていいよ。
わかっているから。
私のこと生徒としか見ていないのは十分にわかっている。それでも、聞いてしまうのは、答えが欲しいからだ。
この関係に決着を着けたい。
曖昧な関係なんて嫌だ。
ぬるま湯のような関係に浸っているくらいなら、壊してしまいたい。
「やっぱり答てはくれないんですね。」
幾度となく繰り返したから、答えなんてくれないのは解っている。けれど、最後だから、意地悪した。
乙女心を7年間も弄んだことへの、ちょっとした意趣返しだ。
先生は、驚いたように私を見る。予想だにしていなかったようだ。
最後まで困らせるなとでも言いうのだろうか。
私は、毅然とした態度で先生を見据える。
どんな答えでも受けてたとうではないか。
「苗字、何も聞くな。我輩はお前に何も言うことはない。」
淡々と告げられ、視線を外された。
解ったいたけれど、ああ、やっぱり辛い。
やはり、壊すことなんてせず、あのままぬるま湯のような関係に浸るべきだったのだろうか。そうすれば違う、言葉が貰えただろうか。
しかし、それは、比較不可能なもの。なぜなら、比較する尺度がない。もう、私は選んだのだ、壊すの道を。
崩れ落ちそうな気持ちを、ぐっと堪えた。
口を開けば、涙がこぼれ落ちそうで、しかし、泣くことなど許さない。
最後ぐらい笑顔で飾らせて。
「そうですよね。7年間お世話になりました。本当に、ありがとうございました。」
笑えているか解らない。先生から見れば引き攣っているかもしれない。それは嫌だ。先生の中の最後の私の記憶が、引き攣っている記憶なんて、とてもじゃないが勘弁だ。
だから、私よ。ちゃんと笑え。
「さようなら、先生」
そう言えば一気に、思い出が溢れてくる。
嬉しいようで、苦しく、辛い恋の思い出。
先生の傍にいることが、先生を思うことが、辛らく、苦しかった。
けれど、今思えば、嗚呼、あの頃は幸せだったと思う。その時は辛いことや、苦しいことで、一杯だった。
ただ、先生がいるだけで、辛さも苦しさも、幸せな思い出となる。
目尻が熱くなり、私の意に反し、涙が溢れた。
見られたくなく、急いで、扉に向かうも、私と扉の距離は、一向に縮むことはなかった。
「……名前」
深く艶やかな声が鼓膜を揺する。
そして、また一つ涙が零れるのだった。