11Q 1
 誠凛VS新協の試合は10:00〜だった。

 時間になり、誠凛一行は体育館入りして、相手の前、コートで軽いアップを始める。
 が、日向が相手チームにセネガル人の彼の姿が無い事に気が付いた。

「てか、お父さんいなくね?」

「そういえば」

 伊月が呟く。
 その時、ゴォオンという何かが金属にぶつかる音と、「あぁあえあ」という低い呻き声が聞こえてきた。
 誠凛の面々が手を止め入口に注目すれば、通ろうと思った扉の上方に貌をぶつけて立ち尽くす、パパ・ンバイ・シキの姿。

「日本低い、なんでも……」

 お父さんはボヤキながら、頭を押さえてフロアに入ってきた。

(あっちゃんはもっと高いけどぶつけないっての。なーんて……)

 でけえ、なげえ、と驚く誠凛の面々の中で、白美1人は彼に細い目を向ける。

「まったく、なにやってんだぁ」

「すいませーん。おくれましたー」

「なーんでそこだけ流暢なんだよ?」

 新協の選手の一、薄い茶髪の谷村祐介は、やってきた彼に笑いながら声をかけている。

 その時日向の手からこぼれたボールが、谷村の足元に転がった。

「あーすいません!」

 日向が謝りながらボールを拾えば、谷村の目がじっと日向に注がれる。

「そういえばおたくら、海常に勝ったってマジ?」

「ああいや、練習試合ッスけど……」

 それを聞いて、谷村は爆弾発言をした。
――「なぁーんだ、思ったよか大したことないんだ、キセキの世代って」。

 黒子が何気なく隣に視線を向ければ、白美が無言で俯くのが見えた。
驚きつつ、黒子はハッと身を強張らせる。

「キセキの世代、まけ、そいつらに勝つために呼ばれたのに、こんな、ガッカリだよ、弱くて」

 続いて、お父さんまでもがキセキの世代をなじるような発言をする。

(オイ……)

 彼らはキセキの世代の当事者がここに2人もいることを知らないから、軽い挑発にそんなことが言えたのだろう。
 だが、彼等の予想に反して、白美は内心ブチ切れた。

 俯いたままの白美の手が、握りしめられ、紅くなっていることに、無論彼等は気が付かない。
 そうしている間、刹那刹那のうちにも、白美の中で炎はその火力を増す。

――俺を、テッちゃんを、涼ちゃんを、アイツらを。

「テメェら如きにバカにされてたまるか……」

(……っ!)

 黒子も彼らの言葉にカチンとは来ていたが、にわかに漏れ出した殺気と、低く小さい呟き声にいち早く気が付く。
あの頃なら、あり得ない呟き。でも、彼は今。

 幸い他の者たちは白美の様子の変化に気が付いていないようで、黒子は胸をなでおろしながらも素早く、「落ち着いてください」と白美をなだめた。

「ッ……」

「勝ちますから」

 そして黒子は、存在感を極限まで消して、お父さんの足元に寄った。
――白美の代わりに、喧嘩を売りに行ったのだ。

 お父さんは、黒子に気付かぬまま貌を歪めた火神の前を通り過ぎようとした。
 と、何かにぶつかる。
 辺りを暫しキョロキョロ見回して、そして、黒子に下方の気が付いた。


 全く以って無表情の黒子を、お父さんは脇の下に手を入れて胴を掴むことで、自分と目線が合うぐらいの高さまで持ち上げる。

「駄目ですよボク、子供がコートに入っちゃ」

 お父さんは、何も知らず言った。
 だが、風が黒子のTシャツを揺らし、その下にユニフォームを見たとき、お父さんは戸惑った様に瞬きをした。

「選手?」

 お父さんは黒子を地面におろし、その何も移さない水色の双眸と、暫し見つめ合う。
 その向こうに黒子が白美の激情と自身のプライドを秘めていることを、お父さんは知らない。
 彼が、黒子が纏っていたのは、何もユニフォームだけではないのだ。
 だが、お父さんは黒子を見下ろして「フン」と鼻を鳴らした。
 その上、彼は黒子から視線を離すと、独りごとを言いながら歩き去った。

――「あんなこどもいるチームに負ける? キセキの世代、みんな、子供」。
 黒子や白美、5人、それどころか、彼等の関係者、彼等に負けた者たち全員を、馬鹿にする言葉を、吐きながらだ。

 知らずとはいえ、腹が立つ。
 誠凛の他の面々は、お父さんの態度や言葉にクスクスと笑っていたが、白美は白美は拳をギリギリと握りしめ、その眼に炎を宿しながら彼を仮面の下より睨んだ。

「削ぎたい」

「――正直、色々イラッときました」

 そして、白美と黒子の強く鋭い言葉に、誠凛の面々は「ヒッ!?」と各々身を竦める。

「何気に負けず嫌いなとこあるよな、お前ら」

 とはいえ、火神は彼等の態度に腹を立てるというよりか、闘争心に火がついて燃えたらしい。
 火神は、笑いながら二人に言った。


 と、彼の好戦的な笑顔を見たとき、怒りに燃えていた白美はハッとした。

――何を、この程度の言葉で傷つく名でも、矜持でもなかろうに。
そもそも、アレだけ嗤ってきたそれを、いざ今になって。
 あれから変わったとはいえ、自分の調子はやっぱり少々狂っているらしい。
 らしくもない、そう。
 
――魅せてやれば、いいだけのこと。

 そのために、仕込める仕掛けは仕掛けたじゃねェか。

 白美はニヤリといつもの余裕に溢れた笑みを以て、ベンチに腰かけた。



 そうして、白美の目の前、白いTシャツを脱いだ誠凛バスケ部選手の面々が、新協の面々とコートの中心で対峙する。

「んじゃあ、まあ、子供を怒らせると結構怖いって事、お父さんたちに教えてやるか!」

 吠える火神を目の前に、白美は笑みを深めた。


( insult)

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