09Q 1
「橙野くん、黄瀬くんは、橙野くんのことを――」

 海常から去る道中、黒子は傍をあるく火神に聞こえない様に、不意を突いてそっと白美に話しかけた。
 きっかけは、恐らく黄瀬が負ける可能性を目の前に意識したことで、進化した瞬間に、白美がつられて反応してしまったこと。
 思い出した白美は淡く苦笑した。

「そうだね。らしくもなく、つい。わかるよね」

「はい、なんとなく」

 と、白美は黒子の背後に移動し、身を屈めると耳元にぐっと口元を近づけて小さく低い声を出す。

「試合勝った喜び云々で皆があん時の俺の感じ、今忘れててくれてほんっとありがたいよ。元帝光一軍のバスケプレイヤーってんじゃ、ちょっと言い訳に足りないぐらいだったって自覚はあるし。頭冷えて思い出さないといいけど、まぁ、そうはいかないよねェ。気を付けなきゃ――テッちゃん。折角だし、ヤバそうだと思ったら止めてよ」

 その声音も、口調も、吊り上った口元も、細まった眼差しも。どれをとっても、白美の普段のそれとは大きく違うもの。

「――わかりました。目を光らせておきます」

 黒子の言葉に、白美は上体を起こし、満足げに口の端を上げた。

「ありがとう、黒子」

 そう言った白美の表情や声は、たちまち普段のそれに戻っていて、今二人の間で小さな約束が結ばれたことに気が付いたものは終始だれも居ないままだった。



 その後、黒子は傷を見てもらう為、佐々木総合病院に直行した。
 応急手当が素晴らしい。傷はそれほど深くない。直ぐに治る。心配いらない。

 そう言われて、白美と黒子、リコは医者に対し頭を下げると、直ぐに病院を出た。
 そこには、誠凛の面々が心配そうな面持ちで待っていた。

 三人は、晴れやかな表情で彼らのもとへ歩み寄る。
 そして、白美とリコは黒子を背に、グッドサインを大きく前に突き出した。

「異常なしっ!!」

「直ぐ治るそうです」

「……、はぁ〜、良かった〜」

 それを聞いて、誠凛の面々は実に安心したらしい。全員そろって、大きく一息をつく。

「ご心配おかけしました」

 黒子は、丁寧に頭を下げる。

「倒れた時はどうなるかと思ったぜ」

「ま、何はともあれ」

 伊月と土田が言う。

 白美が周りを見渡せば、全員の貌が穏やかで、嬉しそうに輝いていた。
 言わずともわかる勝利の喜びを、全員が共有する。
 小金井は、「たまらない」と言わんばかりに、「っく〜!」と両手の拳を握った。
 そして。

「っしゃ〜!!! 勝ったぁあああ〜!!!」

 小金井が両手を宙に突き出すのと同時に、誠凛の面々はそろって喜びの歓声を上げた。
――勝って、こういうふうに喜びを分かち合う。実に新鮮だ。むずかゆくて、でもなんだか気持ちがいい。不思議な感覚だ。

 白美は、クスッと笑って、それから彼らに交じって、声をあげて勝利を祝った。


(橙野くんがそんな風に笑うなんて――)

 頬をほころばせて一同と共に喜んでいた黒子は、ふと、そんな白美に目を丸めた。
 しかしその笑顔に僅かなかたさが拭えないことは、黒子の心に小さな影を落とした。

(a faint smile)

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