04Q 1
その後日、昼休み。
白美は控えめに微笑みながら、そっと2年生の教室の扉を開けた。
すると目の前で、リコがゲーム機を弄りながら何やら萌えている。
「リコ先輩、あの、お願いがあって――直接お話したかったので来たのですが」
白美が声をかけると、リコは直ぐに顔をあげた。
「あら、橙野くん。急にどうしたの? そうね、そこの席、座って」
「はい」
白美は、リコに言われた通り最前列の席の隣、一番廊下側の椅子を借りて腰を下ろした。
リコは、ゲーム画面をスリープにして白美に向き合う。
「それで、何かな?」
「はい。今後の練習についてなんですが、少しだけでいいので、その――」
白美がためらいがちに言いかけると、リコは手をあげてそれを制し、微笑んだ。
「――練習に参加させてもらいたい。違う?」
リコが自分の言いたいことを的確に当てたことに、白美は少し瞠目した。
「そ、その通りです」と頷くと、リコは穏やかな表情をして首を縦に振る。
「そう言われるんじゃないかな、って想像はしてたの」
「それは――何故」
「んー、橙野くんのバスケに対する態度を見ていたら、そんなこと直ぐにわかるわよ。バスケやりたくって仕方ない、って感じだもん」
「っ……、そう――でしたか」
白美はリコの言葉を聞いて、俯き、前髪が隠すのを良い事に少しだけ貌を歪めた。
一方リコはその様子に気が付いて、どこか遠い目を白美に向ける。
そうしたところで何も変わらないというのはわかっていたが、彼の姿をバスケ部監督として、その前にスポーツに携わる者として、同情抜きには見られなかったのだ。
恐らくそれは、何かと白美に構っているらしい父も同じだったのではないか、と思った。
「但し、無理が無い範囲で――っていうのは条件として守ってもらうけどね。その辺は父とも相談してみるわ。橙野くんが皆とまたバスケがしたいって思ってるなら、結果はともかく、全力で応援するわよ」
白美にとってリコの言葉はどこまでも優しくて、それゆえ心に突き刺さった。
俄かに、くすぶり続けている背徳感がこみあげる。
白美はそれをごまかすように、「ありがとうございます」と短く礼を言うと、途中で買った為に手に持っていた牛乳パックをリコに差し出した。
「お礼と言っては何ですが――、折角なのでリコ先輩に差し上げます。どうぞ」
「えっ、あっ、いいの? ありがとう」
牛さんの絵が描かれた牛乳のパックを差し出しているだけにも関わらず、白美はとても絵になった。
リコは一瞬ドキッとしながら牛乳を受け取ると、ゲームを止めるため機械に手を伸ばす。
だがリコが画面を落とすのを突如遮って、白美が食いついた。
発せられた声がいつものそれより微妙に低い事に違和感を感じながら、リコは彼の貌をまじまじと見返す。
「――リコ先輩! そのゲームって」
「え?」
白美の声はどこか興奮しているようにも聞こえた。
「そのゲーム、バスケ選手育成して闘うアレですよね」
――なんでも、リコがプレイしていたのは、白美が早々にしてやりこんでいる最新バスケ選手育成シュミレーションゲームだった。
話が通じるかもしれない、とリコは目を輝かせる。
「も、もしかして橙野くん、このゲーム知ってる?」
「勿論です先輩。やりこんでます」
「ええ、橙野くんがゲームするってのがちょっと驚きだけど。ほんとにバスケ好きなのねー」
「あっ、い、いえ、ゲームくらいそれはやりますよ」
そうしてリコと白美は、本来の趣旨と若干ずれたところでバスケゲームに花を咲かせる。
白美は牛乳を飲みながら、リコのプレイを覗き込んでいた。
「コイツは伸びると思ってたのよねぇ〜、あぁ〜、育てるっていいわ〜」
「先輩はそういう眼でやっぱりプレイされてるんですね」
「そうよ〜。橙野くん的にはやっぱり選手目線なのよね」
「そうですね。でも、監督っぽい見方も結構してるかもしれません」
「わあ。ねえ、今度通信しましょうよ」
「え、いいんですか! それは是非!」
普段より数段明るく微笑みながら画面を覗き込む白美と、うっとりとゲームを操作するリコ。
和気藹々としたような、楽しげな空気が漂う。
が、そこに慌ただしく乱入者が現れた。
「カントクッ!」
「ぶふっ!」
「わっ!」
突如物凄い勢いと速さで教室に飛び込んできた火神に驚き、白美の様に声をあげるとはいかず、リコは火神に向かって牛乳を吹き出してしまった。
だが、火神はちらっとなんでお前までいるんだと白美を見ただけで、牛乳を諸共せず顔を袖で拭うと、リコに詰め寄る。
(どんだけ急いでんだよ)
「カントクっ! 本入部届くれっ!!」
切羽詰ったように机に身を乗り出す火神を前に、リコは口を袖で拭って溜息をついた。
「何なのもう今日はぁ〜」
「も?」
実の所、白美が来る少し前にも黒子が本入部届を貰いにリコのところまで来ていたのだ。
「アイツ……」
火神は黒子が来たと聞き、真剣な顔つきになる。
「全く二人そろってどんなせっかちよ」
「わんぱく坊やだね」
隣から聞こえてきた静かな白美の声に、火神は「何だそれ」を顔を顰めた。
しかし、バスケ部は新入部員大歓迎だ。
「まぁ、即戦力にもなるし、ベンチに空きあるから、大歓迎よ!」
リコは、笑顔で火神に本入部届を渡す。
「よーし、これで試合に出れんだな」
実の所、その暫く前に火神は日向に試合に出たいと迫り、「仮入部は無理」と断られていたのだ。
試合に一刻も出たい火神らしい行動と言えよう。
だが火神がお礼も言わないまま笑顔で教室を出ようとするので、リコが「あー、ちょい待ち」とそれを止めた。
「あ?」
「但し受け付けるのは、月曜8:40分の屋上ね」
そう言われた火神はきょとんとした顔で頷き、そろそろと教室から出ていった。
それから暫く無言が続いて、リコはふと、黙ってゲーム機を覗く白美に心配げな視線をやった。
白美もリコの視線に気付き、彼女の目を見る。
至近距離で見つめ合う事数秒、白美は「どうかしましたか?」とリコに尋ねた。
するとリコは、「な、なんでもないわ」と慈しむような微笑みを浮かべ、首を振った。
(白美くんと火神くんどちらもバスケが好きで――だけど、白美くんはプレイすることを許されない。対して火神くんは強い者たちと戦ってどんどん強くなることを望んでいる。なんていうか、無駄足だとはわかっているんだけれど、彼が可哀想だなぁ……)
「じゃあ、自分はそろそろ失礼します。今日はありがとうございました」
間もなく火神の後を追う様に、席を立った白美を、リコはどこか悲しげな眼で見送った。
(Would you do me a favor?)
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