22Q 1
 注目の中、第4Qが開始された。

 まずは誠凛のオフェンス、ボールを持った日向は大坪のマークを受け、ラインの付近でパスを出す相手を探る。

――黒子。

 真っ先に、彼に視線をやった。
 しかし、黒子にはにやりと笑った高尾がぴったりと張り付いていて、とてもパスを出せる状況ではないのが一目瞭然だった。

(出てきたところ、前半同様、否、それ以上に見えてるぜ――! どうなんだよ橙野!)

 高尾はにやりと笑いながら、秀徳の選手にマークされてその場にとどまっている白美に視線を走らせる。

 だが――、その瞬間白美の口角がニッと小さく上った。

(え……)

 薄ら寒い物を感じ、高尾は微かに顔を引きつらせる。

(いや、今は白美より黒子だろうが――!)

 慌てて白美から意識を逸らせば、黒子は変わらず自分の傍らにいて、高尾は内心少し安堵した。
 しかし今しがたの白美の微笑みは、高尾の頭にしっかりと焼きついてなかなか離れようとしなかった。

 その間に、日向は火神にパスを出していた。
 パスを受けた火神は、マークの緑間と激しく競り合いながらも、ゴールへと突き進む。
 けれどその先には木村がどしっと構え、火神の進路を阻んでいた。

 ガス欠前なら、彼1人、ジャンプの1つでどうにでもなったものだ。
 だが今は、火神にそのジャンプは、ない。

 けれども、今の火神の脳内には「チームプレイ」の文字が蘇っていた。
 火神は素早く身を翻すと、フリーの水戸部にパスを出す。

 驚く緑間と木村の傍ら、水戸部は安定したジャンプシュートを放ち、誠凛に2点を足した。

(1人で暴走していたさっきと違う……)

 大坪は、ラインの外でボールを構えながら、小さく顔を歪めた。
 暴走に付け込むことができないということは、攻めるポイントの1つを失う事でもある。
 それどころか、いくらガス欠といえ、誠凛のチームプレイに組み込まれた火神は厄介だ。

 対し、緑間はその高い自信故、抱いた火神の再起への懸念は大坪程ではなかった。

(橙野に殴られて頭が冷えたか……。だが、お前の体力は残りわずかだ)

 大坪に向かって、「パスをください」とサインを出す。
 一拍後にはもう手元にやってきたボールを両手におさめ、すかさずシュートフォームに入った。

「リスタートが早い!」

「火神っ!!」

 ベンチの面々は息を呑み、身を乗り出すようにしてシュートの行方を見守る。

 
 白美はこの時また、フッと笑った。
 例に漏れず高尾はその一動を見ていて、また、先程と同じ思考が彼の中で繰り返された。

(ッフ、火神――、頼むぜ)

 それを知りながら、白美はまた真剣な顔つきに戻ると、火神に鋭い視線を向ける。
 火神は歯を食いしばり、必死の形相をして今にも3Pを放とうとする緑間の背中に向かって駆ける。

(もう、俺のシュートは止められない……!)

 だから勝つのは秀徳だと、緑間は3Pを放ちにかかる。
 こちらとて火神と同様、表情に余裕はない。
 ギリギリの戦い、その先のシュートだと、緑間は思っていた。
 実際、火神はもう殆ど跳べないところまで来ている。

 それでも、火神はジャンプで緑間を止める為に、走った。

(確かにもうポンコツ寸前だ――! けど!)



 それは、白美とリコの謀略だった。

「火神くん? 後何回跳べる?」

 試合の直前、額を寄せ合うように狭い場所に密集して選手達が並び立つ中で、リコが火神に尋ねた。

「跳べる……?」

「緑間を止めた、あのスーパージャンプのことか」

 日向が思い出して呟く。
 リコは頷くと、真剣な表情で自分を見下ろして来る火神に、視線を向けた。
 しかしリコが口を開くより早く、白美が続きを喋りはじめる。

「アレは、天性のバネを極限まで使うから、消耗が半端じゃない。加えて、火神はまだ発展途上――身体が出来ていない。一試合で使える回数は、現にさっき跳べなかったみたいに、限られてるってわけ――ですよね、リコ先輩」

「ええ、その通りよ」

 白美の涼しげな眼を見返して、リコは頷いた。
 しかし、火神は「そんな」と言い返す。

「跳べるぜ! ――ですよ! 何回でも!」

(現状受け入れようぜ、タイガー)

 火神の反論に白美や、一部の選手はため息をつき、リコは「今は強がりとかいいから」と火神を黙らせた。

 そのままリコはちらりと火神の足に眼を落すと、確認の為、アナライザーアイで火神の数値をサッと読みとる。

 一拍の沈黙の後、リコは「2回が限度ね」と宣告した。
 と同時に、リコはこっそり、白美と一瞬アイコンタクトを取る。
 そうすれば白美は優しく微笑んで、うんと1回頷いた。

 しかし、周りの選手達は「2回」という数字を聞いてざわめいた。

「2回?」

「2回で、どうやって緑間を止めれば!?」

 すかさず、その間にしゃがんだリコは火神を見上げる。

「1回は、勝負どころにとっておいて。もう1回は――」

「第4Q最初のシュートを引っ叩け、火神」

 リコと白美は、言った。




(さァ、飛べよ――!)

 だから、火神はありったけの力を振り絞って、地面を蹴る。
 白美はその様子を、鋭く見守る。

 そして火神は、あの高い高い跳躍を再び行ってみせた。

「たあッ!!」

 背後から、緑間の手中にあったボールを力強く叩き落とす。

(なっ……、まだ跳べたのか――! だが、体力が殆ど空なのは確かだ……最後まで持たせる気がないのか?)

 その場合、白美が本格的に攻めてくる確率が高い。
 どちらにしろ、苦しい状況だった。

 一方、火神によって叩き落とされたボールは、即座に事態を予期していた日向が拾った。
 いつの間にかゴール前でフリーになっていた白美に、パスを送る。
 次の瞬間にはボールは滑らかなフォームで宙に放たれ、誠凛にまた2点が加算された。

 会場が一気に湧き上がる。

「おぉー、キタァアア! 」

「10点差だ!」

 残り時間9:37、スコア51-61。
 誠凛は確実に、秀徳に攻め寄っている。

「ふう……」

 言われた通りにできてよかったと、火神は取り敢えず、額の汗を手の甲で拭った。
 白美は、そして改めて表情を引き締め、コートを睨む火神と視線を合わせると、一瞬ニコッとしてウィンクを飛ばした。
 それを見た火神の額の皺は若干薄れる。
 間もなく丁度良い、溌剌とした好戦的な表情になった火神は、同じようにニカリと白美に笑い返した。

 けれどもベンチの――とりわけ1年達には、火神がそこで跳んだ訳も、白美の笑みの理由も、イマイチピンと来ていなかった。

「監督、いきなり2回のうち1回、使っちゃっていいんスか?」

 降旗が身を乗り出して尋ねる。
 リコは腕組みをして真っ直ぐコートを見守りながら、「ハッタリだからね」と答えた。

「えっ!?」

 無論、それを聞いたベンチメンバーたちは、揃って目を丸める。

「こっからは、普通にマークしてるだけでやっとだから、緑間くんに打たれたら止められない。けど、彼は無理なシュートは打たない。予想を超える火神くんのジャンプが、まだあるかもと思わせれば、少なくともシュートに行く回数くらい減らせると思うわ」

「あぁ〜!」

 ベンチの全員は、みんな成る程と感心の声をあげた。

 リコは満足そうに頷くと、顎に手をあてて試合を見守る。

(だから、後は託したわよ。橙野くん、黒子くん)


「――んじゃ、行こっかなァ」

 そして、とうとう白美が動いた。

( I won't let you down)

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