21Q 1
 止まらない火神を前に、秀徳の監督は顎に手をあてて静かに思案する。

(日本人離れした信じられんバネだ。コレを食い止めるのは容易ではない)

――だが、彼は。

 隣に座るベンチの選手が「監督」と小さな声を出したのは、彼が丁度心の中で結論を出した時だった。

「何か手を打たないと。このままだと……」

 不安を隠せない様子でいる選手に、監督は「まあ慌てるな」とおもむろに返事をする。
 彼がじっくりと見守る先では、にらみを利かせてマークする火神に緑間がボールをつきながら対峙していた。

 火神がハァハァと息を切らしながら肩を上下させる様を見て、緑間はフンと鼻を鳴らして笑う。

「お前の力は認めるのだよ。だが、これ以上差が詰まることはない」

 緑間はボールを両手におさめながら、冷たく言い放った。

「何だと?」

 火神は、突然余裕を漂わせる緑間を前に警戒を抱く。

(もうお前のシュートは止められんだぞ――?)

 打ったところで、止められることは緑間もわかっているはずだ。
 それなのに何を言っているんだ、と。

 緑間は素早く跳躍すると、滑らかに両腕をあげてボールを放ちにかかる。
 火神も、負けじと今までの様に足に力を込める。

「打たせるか――、ッ!?」

 だが、火神はその場で凍りついた。

(足が――動かねぇッ……!)

 足が言う事を聞かない。地面から離れない。
 バランスを崩し、跳ぶどころか沈んでしまう。

「火神っ!」

 そして突然の異変に、小金井が反射的に名を呼んだ時には既に、緑間の放ったシュートはいつものようにネットを揺らしていた。

「悪いが、コレが現実だ」

 緑間は下降しながら、地面で息を切らす火神を見下ろして静かな声で言い放つ。

(お前にもう俺は、止められない)



 コートで起こった事態を前にして、リコは息を呑んだ。
 同時に、白美からそうなるであろうことを示唆されていた伊月も、驚きに目を丸める。

 思わずベンチに目を向ければ、一見して前髪を垂らして俯いている白美が、目を光らせてじっと火神の姿を凝視していることに気が付いた。

「マジかよ……」

 自然と言葉が漏れた。

 同じような呟きを、試合を見守る観客たちも次々と口にする。

「ここへ来て、こんなことってあるかよ?」

「うわぁ……」

 これでまた試合がわからなくなった。
 ざわめきが広がる。

 客席の中の黄瀬と笠松もまた、火神に起こった異変について会話を交わしていた。

「ガス欠……?」

 尋ねる黄瀬を横目でちらりと見て、笠松は頷く。

「多分な。恐らくあいつは、まだ常時あの高さで跳べるほど身体が出来てねえ。それを乱発して、孤軍奮闘してたからなぁ。しかも――」

 正邦の面々も、彼等と同じ言葉を口にする。

「途中交代とはいえ、これで今日2試合目……、更に津川のマークで、スタミナ削られてたから……」

 岩村の解説に、彼の後ろの席に座る津川は思いっ切り顔を顰めた。

「今響いてどうすんだよあの野郎!」

「いよいよ不味いな。しかもガス欠なのは、1人だけじゃねえぞ」

 岩村の隣、春日が呟く。

 その通り、日向も、水戸部も、伊月も、連戦と激しい競り合いによって既にかなり消耗してしまっている。
 根本的に単純な体力の残りという部分で、誠凛は秀徳に負けているのだ。
 更に、何と言っても相手は王者と呼ばれる秀徳だ。
 基本的な技術や、各々の持つ戦術等の差は、どうしてもまだあった。
 加えて、その秀徳に今や「キセキの世代」の緑間真太郎がいる。

 彼等の戦闘力には計り知れないものがある。
 それを火神1人で圧倒していたというのがそもそも驚くべき話だが、その火神が力尽きようとしている、今。

――誠凛の勝機は、何処へ。

「こんなん、本当にどうすんだよ、橙野も黒子も、なんとかなんねぇのかよ!」

 津川は拳を握りしめ、ベンチの2人を睨んだ。

 手に汗握っていたのは、黄瀬も同じだった。
 ただし、そこに込められた想いは違ったが。

(『トリックスター』――、秩序の破壊者であり、その一方では新たな秩序の創造者となる。うのっちは、この試合の秩序をぶっ壊す。そんで、このコート上を――)

 一体、彼は今からどんなプレイをするのか――、どうやって魅せてくれるのか。
 己を圧倒する程の仕掛けが、きっとそこには待ち受けているのだろう。
 とはいえ、いくら橙野が何かを仕掛けてくるであろうということは予想できても、その中身は全く想像不可能――わからない。

 それが黄瀬の感情を高ぶらせ、同時に計り知れなさへの恐怖を以て彼を飲み込むのだ。



 そんな彼等が見つめる先では、跳べなくなった火神が顔を歪めて叫び声をあげていた。

「うるせえよ! この程度で跳べなくなってたまるかッ! クッ――!」

 強引に、緑間やが待ち受ける秀徳のゴール下に向かってドリブルで駆ける。
 それを見て、日向は思わずギリ、と奥歯を鳴らした。

(強引すぎる! てかまだ早えぇよ、バカ!)

「火神待てェッ!!」

 叫んで動き始めるが、間に合わず、丁度火神のシュートを緑間が叩き落とすところだった。

 こぼれたボールは大坪がすかさず木村にパスし、「うわぁ! カウンター!」と客席から大きな声が響く中、木村は素早い身のこなしでシュートをきめた。
 更に、2点を獲得する。

「ッ、くっそ――!」

 火神は苛立ちを抑えることもせず、感情をむき出しに小さく毒づいた。

 その様子を黒子は真っ直ぐな眼をして睨み、一方傍らの白美はにたりと笑いながら眺めていた。

 そうして、第3Q残り時間が、1秒、また1秒と減っていく。

(7、6、5、4、3、2、1――0)

「第3Q、終了です!」

 ブザーが鳴った瞬間、白美は思いっ切り破顔すると、ゆっくりとベンチから腰を上げた。

(――さァ、始めようか)


(Let's get the ball rolling)

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