12Q 5
「さて、火神、1on1やろうか」

 黒子の元を離れた白美は、ボールを片手に柔和な笑顔を浮かべて、リングの前で再びボールをいじり始めた火神に近寄った。

「……、いいぜ」

 火神は、妙に静かにそう言うと、ボールを抱えて真っ直ぐ白美の双眸を凝視した。
 白美も、微笑んで火神をじっと見かえす――しかし、その眼が放つ光は、先程と同じ、戦闘態勢に入っているそれだ。

 ピリッとした特有の空気に、体育館内から音は自然と消えたし、他のバスケ部員たちの背筋は自然と延びていた。
そうして間もなく、5点先取で勝利、白美先攻で注目の中白美対火神の1on1が始まった。


 白美は、腰を落とし、左手でボールをついてディフェンスの火神と対峙する。


――しかし、対決はギャラリーや火神自身が想像したより、ずっと早く終わった。

 白美5-火神0

 あっと言う間に終わった1on1。
 呆然とする火神と誠凛バスケ部一同の中、白美だけが1人、息一つ乱さず変わらぬ微笑みを見せていた。

「うそ……だろ」

「……自分も、こんなあっさり勝てたことにちょっと驚いてるよ」

 あまりに簡単に負け、言葉どころかその事実から半ば信じられないでいる火神は、それに対しての白美の言葉の意味に気付くこともなかった。
 同時に、外野も白美の驚き過ぎて白美が火神に、遠回しに「まだまだ大したことない」と言ったことに気が付かない。
 日向はじめとした2年達は、身を乗り出す様に白美と火神を凝視しているし、1年3人に関しては口がポカーンだ。

 ただ、唯一かなり冷静でいられたリコだけは、白美が火神を自分より下に見ているということに気が付いたし、試合中白美がボールを左で操っていたこと、彼の持つ技量が卓越していることなどを見抜いていた。
 彼は正確に、火神の一瞬の隙を突いて攻撃をしかけていた。
 それどころか、誘い込むようなことまで。
 火神の苦手分野に、堂々斬りこんだという感じだ。
 
――確かに強い。でもそれ以上に、上手い、と思った。

 一方、火神は相変わらずの表情で、きょとんと突っ立っていた。
 白美が黄瀬やらの様に直接的に言葉や態度を示せば話は変わっただろうが、白美の笑顔がまたそれを食い止めていた。

「俺……、負けたのか」

「つきあってくれてありがとう、火神」

白美は微笑んで礼を言うと、きょとんと半ば空言の様に呟く火神にクルリと背を向け、顎に手をあて思考を巡らせるリコに近づく。

「先輩、どうでした……かね。あ、自分、ちょっと黒子呼び戻してきます」

「え、ええ、お願い」

 思わず、言われるまま頷いてしまうリコ。

「はい」

 白美は微笑むと、リコの目の前で白いTシャツの襟を上に引っ張り、額のどう見てもかいていない汗をぬぐった。

「っ――!!」

 その時チラッと見えた白美の肉体に、リコが今までに無いほど瞠目したのは、白美とリコ本人以外誰も知らないところである。






 結果、リコは2年衆の意見もあり、その直後、無理をし過ぎないこと――つまるところ本人の希望もあったのだが、試合での使用時間を制限される条件付きで――白美は正邦相手からの試合に出場させてもらえることとなった。


(It was over in the blink of an eye)

*前 次#

backbookmark
69/136