08Q 3
 誠凛メンバーは遅れてやってきた白美と合流し、今は体育館の出入り口の前で海常と別れの挨拶をしていた。
 彼らは、穏やかな表情(武内除く)で向かい合う。
 笠松と日向、主将同士が握手をした。

 海常も誠凛も相互の健闘を認め合っている、といった様子だ。
 勝った誠凛も、負けてリベンジを目指す海常も、選手たちは皆良い表情をしていた。

「地区違うから、次やるとしたら、IH本番ッスね」

 笠松が日向に言う。
 その後ろでは、黒紫のオーラを纏った武内が、歯をギリギリと食い縛りながら目に角を立てていた。
 対称的に視線の先のリコは、眩しいピッカピカオーラを放ちながら首を小さく傾け、終始破顔している。

「絶対行きます! ――全裸で告るのイヤだし……」

 日向は、妙に真剣な顔つきになって後付けした。
 それを聞いて「アハッ」とお花を散らしたリコを、日向は「コイツ……」と睨む。
 「おし、行くぞっ!」という日向の声に、誠凛一同は「はいっ!」と勢いよく返事をした。

 が、黒子が歩き始めた時、「おい、黄瀬は?」という海常の声が聞こえた。
 一同はそのまま歩いていったが、黒子と白美はその声に反応する。

「黄瀬くん、大丈夫でしょうか――」

 黒子は、小さな声で尋ねると、隣に立つ白美を見上げた。
 すると、白美が優しげに微笑んでいる。

 貌を顰める黒子に「黄瀬なら大丈夫だよ」と言い、白美も列について歩き出した。
 向こうの主将からやけに視線を感じたが、取り敢えず今の所は受け流しておく。






 丁度誠凛と海常が体育館前で向き合っている頃、黄瀬は、外の水場で、頭からひっくり返った蛇口の水を被っていた。
 鼻や顎、髪から、水がザアッと音を立てて滴り落ちる。

――負けた。でも、やられたらやり返すのが道理だ。だから、次こそは……、勝つ。

 試合や黒子に火神、そして白美の事を思い出しながら、黄瀬は頭を思いっ切り水で冷やす。
 しばらくしてようやく貌をあげ、蛇口をひねって水の流れを止めた。

 と、水音に交じって、コツ、コツ、とこちらに近づく一つの足音に気付く。

「お前のふたご座は、今日の運勢最悪だったのだが――」

 涼しげな低い声に、ハッとする。

「……!」

 黒い学ランに、緑色の髪、黒縁のメガネ。
 黄瀬は前かがみのまま数秒停止し、その後素早く腰を起こすと驚きの混じった眼で、彼――キセキの1人、緑間真太郎を見つめた。

「まさか、負けるとは思わなかったのだよ」

 黄瀬は、淡々とした口調で言う男と向かい合う。

「見に来てたんスか、緑間っち」

 問う黄瀬の声は、些か低い。
 柔らかさを含まない視線の先、緑間は無表情で立っていた。だが、彼も眼鏡の下から、淡々とした鋭い燐光を放っている。

「まぁ、どちらが勝っても不快な試合だったが」

「……」

「猿でもできるダンクの応酬。運命に選ばれるはずもない」

 緑間は冷たく言い放つと、念入りにテーピングされた左手で、黒い下枠メガネのブリッジをクイッと押し上げた。

「ちゅーがく以来ッスね、お久ぶりです」

 さりげなくバカにしてくる緑間に、黄瀬は口をとがらせて挨拶をする。

 それから、流し場の石台部分に右ひじを付き、片手は腰に当てて凭れ掛かった姿勢で、ようやく笑った。

「テーピングも相変わらずッスね〜」

「……」

 黄瀬はまた身体を起こすと、台にグーにした右手を置いて、若干呆れたような貌をする。

「っつーか、ダンクでも何でもいいじゃないッスか〜? 入れば」

 黄瀬の言い分に眉間のしわを増やすと、緑間は毅然として言い返す。

「だからお前は駄目なのだよ、近くからは入れて当然。シュートは遠くから決めてこそ価値があるのだよ。人事を尽くして天命を待つ、という言葉を習わなかったか?まず、最善の努力。そこから初めて、運命に選ばれる資格を得るのだよ」

 小さく眉根を寄せた黄瀬に、緑間は小さく笑うとタオルをヒュン、と投げ与えた。

「なっ、あっ……」

 黄瀬は水色のタオルを右手に掴む。

「俺は人智を尽くしている。そして、おは朝占いのラッキーアイテムは必ず身に着けている。因みに今日は、蛙のおもちゃだ」

 そう言って、緑間は左手に乗せた「蛙のおもちゃ」を黄瀬にみせた。

「だから、俺のシュートは落ちん!!」

 蛙のおもちゃに険しい貌で視線を落とす黄瀬に向かって、ドヤ顔でハッキリと豪語する。

(毎回思うんスけど、最後の意味がわからん……)

 黄瀬にとっては、若干オカルト的な緑間の思考回路は、全く以って謎だ。
 
――これが、キセキの世代No.1シューター……。

 黄瀬の目には、なんか若干キメ顔で蛙持ってる緑間とその背景にやっぱり蛙(巨大)がいる、という迫力ある構図で、緑間が映っていた。
 緑に緑でまぁ似合ってるんじゃないか、と思った。

(いや、そんなことはどうでもいいんスけど)

「つーか、オレより黒子っちと話さなくていいんスか?」

「必要ない。B型のオレとA型のアイツは、相性が最悪なのだよ」

 緑間は、横を向いてキリッと笑う。

「アイツのスタイルは認めているし、むしろ尊敬すらしている」

 それは、キセキの世代に共通して言えることだった。
 皆、自分とは異質でありながら、非常に有効な黒子のスタイルに一目置いているのだ。

「――だが、誠凛などと無名の新設校に行ったのはいただけない。ただ地区予選で当たるので見に来たが、正直話にならないな。マネージャーとやらの3Pはなかなかだったが、出場しないのなら居ないも等しい」

 緑間にとって、それはとても気に食わないことだった。
 認めているからこそ、黒子にはもっと強いチーム内で、その才能を余すところなく発揮してほしかった。
 なのに、黒子は。

 それは、黄瀬としても同感だったようだ。

 しかし黄瀬は、今しがた知った。
 無名の新設校に行ったのは、黒子だけではない。

 もう1人――ある意味、帝光バスケ部においても、キセキの世代においても。最も危険だと警戒され、怖れられた男――二つ名を『トリックスター』、橙野 白美。

 黄瀬は暫く目を伏せると、試合中睨むのと大差ない鋭い眼差しを緑間に向けた。
 緑間は、黄瀬の雰囲気が変わったことに直ぐに気が付き、眉間に皺を寄せる。

「……なんなのだよ」

「……。ミミズまみれもウナギも嫌なんで、ハッキリとは言わないッス。ただ。誠凛は思ってるより――」

 と、黄瀬が言いかけたその時だった。

 チリンチリン、と自転車のベルの音が2回、彼等を呼んだ。
 2人は、直ぐに反応して緑間の背後奥に目をやる。

 果たして、そこには例のチャリアカーを引く黒髪の学生の姿があった。

「緑間っ、てめぇ! 渋滞でつかまったら1人で先行きやがって!!! 何かチョー恥ずかしいだろうが!!」

 真ん中分けの短髪の彼は、恐い顔をして自転車をこぎながら、ギャーギャーと叫ぶ。
 その通り、先程チャリアカーに乗ってくつろいでいたのは他でもない、現在振り返ってそれを見ている、緑間だ。

「ま、今日は試合を見に来ただけだ」

 しかし緑間は、彼とは圧倒的に低いクールな仕草で黒髪の学生を一瞥して言うと、ポケットに両手を突っ込んで直ぐに黄瀬に視線を戻した。

「だが、先に謝っておこう」

「……」

 話を中断された黄瀬は、不服そうな表情のままで緑間と目を合わせる。
 どうやら、緑間は誠凛は何がどうあれ自分たちに叶う相手ではない、格下の相手であるとみなしているらしいと気付いた。

「何がどうだろうと、俺たちが誠凛に負けるという運命は有り得ん。だから、黄瀬、リベンジはあきらめた方がいい」

 緑間は、黒髪の男がプンスカしながら近づいてくるのを背後、淡々と事実を述べる様に言い切った。
 と、その直後。

 黄瀬は、緑間の後ろを見て小さく目を開いた。
 緑間もそれにつられて、振り返る。

 見えたのは、歩いていく誠凛メンバーの姿。

 歩きながら頭の傷を少し押さえた黒子の姿を遠く見て、黄瀬は心配げな貌をする。

(黒子っち……)

――もし、黒子っちに何かあったら、どうしよう。一抹の不安に駆られる。

 だが黒子の更にその後ろの白髪に、黄瀬は目の色を変えた。

「ッ……」

 彼は白髪を靡かせながら背筋を伸ばし、サッサッと歩いて行く。
 と、緑間もそれを見てなにか思ったらしい。

「アレは……」

 と、興味を白髪の彼に向けた。
――しかし、その表情を見るに、緑間っちはうのっちをその人として認識していないんじゃないか、黄瀬は思った。

「さっき、彼のことで言おうと思ったんスけど――」

「フン、確かに体格も、3Pもいい線をしている。しかし「緑間っち」――あのマネージャーとやらが加わったところで、敵ではないのだよ」

 その証拠に、緑間は結果的に通算三度黄瀬の言葉を無視した。
 緑間は彼等から視線を逸らす。
 だが、黒子と言葉を交わし、試合で負けた上に、白美の存在を知った黄瀬は違った。

 口が開いていることにも気が付かず、額の包帯を軽く気にして歩く黒子、そして、何故かかけている眼鏡をクイッとどこかで見たような仕草で押し上げ、口端を上げて歩く白美を、遠く、じっと凝視していた。

 
 これから何かが、起こる。予感がした。


(Green man)

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