06Q 8
「おーせおせおせおせおせ海常! おーせおせおせおせおせ海常!」

 海常バスケ部メンバーの声援が、体育館一杯に反響する。

「いけー! おせー! いけおせ誠凛!」
 
 誠凛のベンチメンバー達も、それに負けじと大声で叫ぶ。
 注目の中、試合、第2Qが始まった。

 まずは海常ボールから。
 どしょっぱつから黄瀬がドリブルで一気にコートを駆け抜け、ダンクを決める。
 続いて、誠凛ボールは日向が、更にその次、海常は黄瀬がシュートを決める。
 海常のディフェンスは、ずっとマンツーマンのままだ。
 
 続く誠凛ボールで日向は伊月にパスをし、火神がボールを得る。
 火神VS黄瀬。
 さっそく二人の対決に流れ込む。
 今の所、誠凛の攻撃にもディフェンスにも、今までと違う点は無い。
 黄瀬は、火神に問いかける。

「何か変わったんスよね?」

 しかし、答える代わりにそこから只のドライブでゴールに向かって走る火神。

(ただのドライブ? また、フェイダウェイとか……?)

 黄瀬は、火神の出方を予想して身構えた。
 だが、火神は予想に反して不意に振り返ると、後方に向かってボールを放った。

「んなっ!!」

 油断していた黄瀬は、反応に遅れる。
 黄瀬が振り返った頃には、黒子が後ろ手にボールの軌道を300°近く変えていた。

(なっ、黒子っちと連携で!!!??)

 その頃には火神は既に、ドリブルでゴールの前に走り込み――、シュート。
 「おぉ〜!」と歓声があがり、リコはよし!、とガッツポーズをする。

 「ナイッシュー!」とベンチからも声が上がった。

 続く、OF火神VSDF黄瀬再びでも、火神は黄瀬の前から、黄瀬の背後の黒子に向かってパスをする。

(またッスか、同じ手は!!)

 再び火神にボールが渡ると思って動いた黄瀬。
 だが、誠凛は同じ手を連続で使って出し抜く気などさらさらない。
 黒子は黄瀬の隙を突いてボールを日向にパス、日向はその場から3Pを決めた。

「キター! 3P! 5点差!」

 テンションが上がった誠凛ベンチの叫びを受けて、日向は得意げにメガネを押し上げる。

「っふん、ちょっとは見直したかな〜、一年ふた……」

 そうしてドヤ顔をするのだが、彼らは日向の事など全く見ておらず。

 「よっしゃディフェンス!」と張り切って歩いていく火神に、日向は「おい!」と悲しい呼び声をかけた。


「相当打ち込んでるな〜、あの4番」
 
ボールを持った海常の選手が、笠松に話しかけた。

「それよか火神だ! 抜くパターンに、黒子との中継パスを組み込んできやがった」

「パスもらうだけだった火神が、パスもするようになっただけだろ? そこまで変わるか?」

「っは、偉い違いだよ、バカ!」

 笠松は、険しい表情で声を荒げる。

「今までは、黒子のパスと火神の1on1は、あくまで別々のオフェンスパターン。只の2択にすぎなかった。だがパスがつながったことで、お互いの選択肢が増えて、前より一段上の攻撃力になる!」

 しかも、その要である黒子は、黄瀬にもコピーできない、言わば天敵だ。

(火神くんと黒子くん、この二人なら――!)

 リコは、希望を持った表情で二人を見守る。

「あ」

 ただし、たまに上手く行かない事もあるだろうが。
 ボールを落した二人を見て、リコはまぁたぶんギリで行ける、と呟いた。

 黄瀬は、息も絶え絶えの中、黒子に鋭い視線を向ける。

「黒子っち……」

 黒子は、敵意を向けてくる黄瀬を真っ直ぐに見つめた。

「黄瀬くんは強いです。ボクはおろか、火神くんでも歯が立たない。でも、力を合わせれば――、2人でなら、闘える!」

 黄瀬は、黒子と、その隣に並んだ火神を射抜くように睨む。

「やっぱ黒子っち変わったッスね。帝光時代にこんなバスケはなかった。けど、そっちもオレを止められない!! そして勝つのはオレッスよ!!!」

 黄瀬と、誠凛側の黒子、火神の間にバチバチと火花が散った。
 この実に厄介な火神と黒子の連携。自分にはできない芸当だ。
 しかし、これで相手が『トリックスター』であった場合は本気で危機的状況であるが、相手は黒子だ。
 黒子のミスディレクションはフルで使えるものではないとわかっているし、黒子が持っているのは「それだけ」なのだ。

「黒子っちの連携をお返しするのは出来ないッスけど、黒子っちがフルに40分持たない以上、結局後半ジリ貧になるだけじゃないッスか!!!」

 黄瀬は、声を張ると切り替えし、火神に背を向けてゴールへ進んだ。

「そうでもねえぜ」

 しかし黄瀬の背後からかかる、笑い混じりの火神の言葉。

「んな、はっ!?」

 そしてその通り、黄瀬は目の前の光景に目を見開いた。
――黄瀬VS黒子の1on1。

「黒子が黄瀬のマーク!?」

 予想外の事態に、笠松が反応する。
 黄瀬は、あまりの驚きに言葉も出ない。
 外野もこの事態を前に、大きくざわめきだす。

「黄瀬についてんのって、えーと? すげぇパスしてた奴だよな」

「いや、でもさ、パス以外目立ってなかったような……」

「相手になる訳ねぇ!!!!!」

 コートを見下ろしていた2階のメンツが、そろって叫んだ。

「まさか夢にも思わなかったッスねぇ、黒子っちとこんな風に向き合うなんて」

「ボクもです」

「一体どういうつもりか知らないッスけど、黒子っちにオレを止めるのは無理ッスよ!!!」

 黄瀬は、黒子を前に身を屈め、左右にフェイントをかけると黒子の右を抜いた。
 が、その先には火神が待ち受ける。

「――違う。止めるんじゃなくて……」

「――盗るのよ!!!!!」

 ベンチで、白美が呟きリコが叫んだ。

 聞こえた言葉に黄瀬が固まるも、もう遅い。
 黒子は黄瀬の背後から手を伸ばし、黄瀬がついていたボールを黄瀬の前方に向かって押し出した。

「んなっ!?」

(バックチップ!? 火神のヘルプでひるんだ一瞬を!?)

 黄瀬は意表を衝かれ、思わず黒子を振り返る。

「お前がどんなすげぇ技返してこようが関係ねぇ、抜かせるのが目的なんだからな!!!」

 黄瀬が動けずにいる間に、火神の後ろから走り込んできた伊月がボールを奪う。
 誠凛がポイントを決めた。

「くっそ! 只のダブルチームの方がまだマシだぞ!!」

 笠松は、苦々しげにコートの中で吼える。

(あの影の薄さで後ろからこられたら、幾ら黄瀬くんでも反応できないでしょ!)

 一方リコは、してやったりの笑みを浮かべて戦況を見守る。

「そんなの、抜かなきゃいいだけじゃないッスか!」

 黄瀬は、再び黒子と向かい合った。

「誰も言ってないッスよ! 3Pが無いなんて!」

 黄瀬は、黒子の目の前で3Pのシュートモーションに入る。
 だが。
――黒子に頭の上に置かれた、大きな手。
 それを支柱に火神の身体が、黒子の後ろから宙高くに飛ぶ。
 火神は黄瀬の腕の中から、ボールを後方に叩き落とした。
 黄瀬は、愕然と目を見張る。
――自分は、経験値はまだまだ浅いとはいえ、だがそれなりに場数は踏んできたはずなのに。

(やられたっ……!! 平面は黒子っち、高さは火神がカバーするってことッスか!? こんな戦術――!!)

 こんな戦術を投下してくるのは、やはりあの白髪は。
 2――人、否3人の連携に出し抜かれたと、黄瀬は奥歯をぐっと噛み締めた。

 黄瀬が抜かれたという事態に、笠松も苦々しげな顔をする。

(外からのシュートは、モーションがかかっからな! 厄介だぜ、やっぱりコイツら! しかもこの流れをつくってるのは黒子だ! コートじゃ一番のへぼで1人じゃ何もできないはずが! 信じられねぇ!)

「速攻!」

 火神は、黒子の頭から手を離すと、叫んで黄瀬の横を走り抜けた。
 火神の言葉を聞いた誠凛メンバーも、身を翻してディフェンスにつく。

 だが次の瞬間、白美は目を見開いて弾かれたように立ち上がった。

「動くなっっっつ!!!!!!!!!!!!!!」

 足を一歩前に踏み出し、白美は自分が出せる一番の声量で叫ぶ。
 突然響いた叫びに、ギャラリー含む一同は、ハッと身を固めた。
 そしてその叫びは、確かに黄瀬にも届いていて。

――あの人の、うのっちの、叫び声だ。黄瀬は愕然とした。

 だが、黄瀬が白美の放った言葉を認識したのは、素早く振り向いた後だった。
 黄瀬が言われたとおり動きを止めたのは、振り向いた反動で動いた手が心ならずも既に黒子の顔面に直撃した後だった。

「あっ!!」

 白美は、倒れる黒子の姿を前にして大きく舌打ちをした。
 体育館は一瞬静寂に包まれ、叫びの名残だけがグワングワンと天井の方に反響する。
 ドサッ、と黒子の身体がしりもちをつくようにして、コートに崩れる。

「黒子くん!!!」

 リコも白美に続き、急なアクシデントに、黒子の身を案じて叫んだ。
 笛の音が響き、「レフェリータイム!!」と審判が焦った声をだす。

(ここでテッちゃんにアクシデントったぁ……。つい叫んじゃったし? よりにもよって……)

 白美は、立ち上がったまま、もう一度「チッ」と舌打ちをした。

「黒子ォ!」

 日向が叫ぶ。
 ゆっくりと上げられた黒子の貌は、痛みに歪められていて。
 さらに、額からは鮮血が流れ落ちている。
 その姿に黄瀬は言葉を失い、リコは「ハッ」と息を呑んだ。

(accident)

*前 次#

backbookmark
36/136