00Q 1
怠い。


あー、怠い。
とにかく怠い。怠くて仕方ない。

勉強、ネット、ゲーム、チャット、音楽、マンガ、テレビ、雑誌、食事。
全部やりたくない、否、やる気にならない。

もっとこう、楽しい事はねェの?

かったりぃ。

つか、俺、何分ベッドでゴロゴロしてんだろ。
まァいっか。
どーせやることもやりたいことも何もないしね。

「足の怪我さえしなければ」「怪我さえなおれば」。
後輩連中もアイツらも、ったく。
嗚呼、無様。至極無様。そして、つくづく甘い。とはいえ、かくいう俺もガキで、若輩者の身ではありますが。

それにしても。
自分で言うのもなんだけど、俺もいよいよ生活荒廃してんなァ。

第一に、不登校引きこもり。
ま、登校しなくとも中学なんて卒業できるし、勉強しなくてもそこらの高校ぐらいは受かるだろ――推薦抜きにしても。自分で言うのもなんではあるが、俺はカナリ頭脳派。無論身体能力は人並み以上だけどねェ。所謂文武両道ってヤツ?

第二に、ヤバい連中と絡んで、喧嘩、そこらをふらふら。
ちょいちょい噂なんかも立っちゃって、怖がられたりしてたり。
これに関しては、ま、こんな目立つ容姿してんだ、目ェつけられて当然っちゃ当然、自分からしたら、某連中が何をどうして無事でいられるかが理解できねェ――って、嗚呼、俺がなんやかんや動いてたからかなァ。それに彼奴ら――、まぁ、どっちにしろ必然か。
とはいえ、今は連中との生活にさしたる興味も無いし、パーカーマスクで変装してるとはいえバレるのも時間の問題かもしれないねェ。早いうち足洗っとくか。

嗚呼、面白い。そして、愚かしい。
なァんてわらってみても、虚しいだけなんてこともわかってる。が、口元は自然と弧を描くんだなコレが。事ある度にニヤつくのは俺の癖だね。

嗚呼、それにしても――。

「だりぃ」

俺は相変わらず大きなベッドに大の字に寝転がったまま、天井を見上げて呟いてみる。

片手にはスマホ、片手にはなんだかんだでボール。

結局、なんだかね。
どーにもだるくて、オレンジのそれを宙に2〜3度放り投げてキャッチ。

「ハァ」

そうすれば自然と出た、深い溜息。年喰ったもんだわ。
嫌になって、一眠りでもするか、と目を閉じる。
が、狙ったのか?みたいなタイミングで、スマホから着信音。うぜェ。

はぁ、んだよ、ったりぃ。
誰だ。

――は? 「灰崎 祥吾」?

ったく今度は何の様だかな。何かとしつけー奴。

連中なら拒否してたろうけど、仕方ないから電話に出てやるとしようかな。特別待遇だ。

再び天井に向いた俺は、片手のボールを抱えるとむくっと身体を起こして、画面の会話マークをタッチする。

「おい、橙野」

「――なァんだ、祥ちゃん? なァに、俺に何か用?」

あー、久しぶりにこんな明るい声出した。

「っは、お前は『相変わらず』か。つか、いつまで学校欠席してやがんだよ」

「――ごめんごめ〜ん。でもそれ祥ちゃんが言っちゃう? まァいいけどさ、だってね、怪我してんだよ、何に付けてもた〜いへんだし。したら、面倒臭くなっちゃって?」

口角をあげて飄々と嘘をついてみる。
どーせこいつも騙されるんだろう、そう思っていた。

が、意外なことに無言が帰ってくる。

これはもしや――。
口は嗤ったまま、目を細めた。

「へぇ、じゃ、最近街で聞く噂の『オレンジ頭』って誰のことだろうなァ? お前、俺を騙そうとは甘ぇよ」

灰崎の野郎。
へらへらした笑みを崩し、ぼふっとまたベッドに横たわる。

「――灰崎、知ってたのか。俺の怪我のこと」

低い声で尋ねれば、クツクツと嗤う声がした。
なるほど、これは全部お見通しか。

「まぁな。お前が転んで怪我する玉かよ、聞いた時からおかしいとは思っちゃいた。それに全中がアレだったしなァ? 噂を聞いて、直ぐに理解した。とはいえ、その様子じゃ随分退屈してやがるみてぇじゃねぇか」

その見下したような口調、声。お前こそ相変わらずだね。

にしても、コイツに見抜かれるとは、俺はよっぽど腐ってやがるらしい。征ちゃんなんてちゃっかり気付いちゃってんじゃねェの? おぉ怖い。

「……流石、ご名答。暇で怠くて仕方ないね。折角だ、なんか面白い話ねェの」

適当にふってみれば、案の定奴は間が抜けた様な反応をした。
無茶振り? まぁまぁ、こっちゃ、暇で仕方ねェんだっての。

「ア? 面白い話?」

「嗚呼。しろ」

「んどくせぇ……、っと、嗚呼、面白かねぇが、この機会だ。てめぇに一つだけ言っておくことがあったぜ」

「んー? 何?」

そう言う奴の声は明るかった。なんだ。嫌な予感って奴がゾクゾクするんだが。
して、数拍の間の後。


「俺は、高校でもバスケをやる」


スピーカー越しに小さな声が聞こえた。
間違いない、今俺は物凄く間抜けな顔をしていると思う。

……っは、そんなこと? だからなんだ。

「そ、頑張ってねェー」

あー、だからほんとだりぃっつんだよ。それにどいつもこいつもバスケバスケバスケ……うぜェ。

俺はバスケは辞めた。
……だから、こうも暇なんだろうが。

スマホの向こうの奴は無言だ。
俺がどういう思いでいるかやら何を考えているかやら、あいつごときにわかるはずはない。わかるはずはないのに、まるでわかっているかのような沈黙。どこまで見透かしてる、こいつは。苛立たずにはいられない。

「……話はそれだけか? 切るぞ」

苛々する。嫌な予感的中。

お得意の明るい声で俺はそのまま返答を待たずして、電話を切ろうと試みる。

要するに、逃げ。わかってる。が、そうせずにはいられない。

と、俺の動きを察したのか。ただじゃ帰さねぇとばかりに声が滑り込んできた。

「 てめぇ、バスケしたくて仕方なくてウズウズしてやがんだろ。スリルが今すぐにでも欲しくてたまんねぇんだって、わかってんだろ。トリックスターが自分騙してどうする。求めろよ、もっと貪欲に! 欲望のままにな! それが、てめぇだろうが」

俺の動きは奴が話す間、本能的に止まっていていたらしい。
ハッとした時には、電話は既に向こうから切れていた。

嗚呼、灰崎ごときに。

俺は、ほぼ無意識に舌打ちをすると、スマホを枕に残して上体を起こした。
手に持っていたボールを、ポイッとその辺に捨て、髪を掻き上げる。

ふと目を向けた部屋の端の全身鏡には、シワの寄った布団の上に胡座をかく俺がうつっていた。


……嗚呼、なんて醜い姿だ。

ただ欲している。飢えている。荒んでいる。

実を言うと、鏡の中の俺の、獣の様な目つきに、自分でも少し驚いた。


「……だから、だからバスケを辞めたんだよ」


人は俺を、「トリックスター」と呼んだ。
俺も俺で、馬鹿馬鹿しいとか思いながらも、多少なりとも良い気になって、そういうつもりでいた。

でも、この現状だ。

自分は、トリックスターなんてものではない。
過去にはそうであったかもしれないけれど、少なくとも今は、全く以ってそんなものではない。
否、そもそも俺は。

俺は、絶望と欲望がもたらした盲目のままに世界の支配を目論み、嘲笑と共に弱者を虐げ絶望させ……、その果てにあっけなく倒れた、唯の、愚かな悪役だった。

そして今は、もしかしたら悪役にすらなれない、唯の、逃走者かもしえない。過去から逃げ、罪から逃げ、真実から逃げ、物語から逃げるだけの。

いつからこうなった。いつから狂った。
薄っすらとはわかっている。
でも、これ以上は。
ボヤけたままでいい。ここまま、引きずり続ける方が、余程。
認めよう、ああ認めるしかない。
俺はバスケがしたかった。バスケがしたかった。
でも、もう、それ以上は。
だって、意識をそちらに向けただけで、こんな風に、手が震える。



でも。このままで、そしてどうなるんだ。
俺はどこに行き着く、どう動けばいい、何を求めれば。

このままの状態に、果たして俺が耐えられるだろうか。

どこかの誰かではあるまいが、いよいよ狂気の内に、虎やら何やら猛獣になって、それに埋もれやしないか。

そこに手を伸ばせば、きっとまたこの震えは、止まる。
でも、でもそれは。

また繰り返すのか。
そしてまた、絶望するのか。
もう、これ以上は。

ベッドを拳で一度、思いっ切り殴った。
震えを抑え付けるように、強く。
ぼふっ、ギシッ、と凄く大きな音がして、埃が宙を舞う。

しかし何も、変わりはしない。


嗚呼、俺はどうすればいんだろう。

長い髪をぐしゃぐしゃ混ぜると、たちまち視界を覆うオレンジ色。

もう、この色もやめようか。もう、いい。早速bleachでもするとしましょう。


ベッドに大の字で寝転がり、脱力する。

かったるい。


つまらないこだわりもアイデンティティとやらも、全部捨ててしまえば案外楽になれるかもしれないなァ。





――いっそのこと、国外逃亡でもしますか。


何から逃げるって?


そりゃあもちろん、バスケからさ。




頬をつたう感覚には、ただ、気付かないフリをして。

(Like the Fool)

次#

backbookmark
1/136