22Q 5
 ハーフタイムの合間に、人目を盗んで「枷」を外した。

 今まで履いていたそれの靴底を軽く拭いて片し、目に眩しいオレンジのバッシュを、袋から丁寧に取り出す。
 た。
 地面に置いたオレンジのそれに足を入れれば、懐かしい高揚感が湧き上がる。
 
 白髪を束ねるゴムを外した。
 ふわりと広がる髪をかきあげ、バッグの中からオレンジ色のゴムを取り出す。
 結ぶのは、その時でいい。
 手首にはめて、パシリ、と一回音を鳴らす。


 準備は万端だった。
 後は読んだ通りに試合が進む、そして自分がコートに出る。

 後は、計画通りに。

――たとえそれが自分の首を絞めることになっても、チームを勝たせなければ。 

(怖がってる余裕なんてねェんだよ)




 第4Qでコートに入った白美が、果たして少しずつテンションを上げているのが黒子にはわかった。
 刻々と、存在感が、光が増していく。
 それに伴って、黒子はより高尾に接近した。
 間もなく白美がシュートをきめた頃には、高尾の意識は、自分と白美の二点に集中していた。
 
 後は、白美が動くと同時に仕掛けるだけ。
 
 そして、白美の光が格段に増す瞬間が訪れる。
 狭まった高尾の視野は、その瞬間に仕掛けられた二つのミスディレクションによって、白美一点に集められた。

 白美がパスカットし、木村と対峙する。
 白美の仕掛けた技には、黒子も少し驚いた。
 しかし、否、だからこそ。

 黒子はパスをカットしようとする高尾より先に、ボールを力の限り押し出した。
 それを火神がとって、見事にダンクを成功させる。

――イグナイトパス。

 ここで使わなければ、ボールを高尾に取られていた可能性が高い。
 しかし、それだけではない。
 白美の光の眩しさを、この技なら軽減できるのではないかと、思ったからだった。
 
 火神のダンクも結果的には白美の妙技の印象を弱めるように作用した。
 もしかしたらそれも、白美の計画の一つだったのかもしれないと思う。
 それでも自分が彼のためにできることは、例え昼間に外灯をつけるようなことでもしたいと黒子は思っていた。
 
 あれほど嫌っていた相手だったのに、少しずつ彼を知っていくうちに変わっていったように思う。
 最初は、戸惑いや憐みといった情があっただけかもしれない。
 でも、今確かに、黒子は白美のためにできることは何かと考えていた。

――「ナイスパス。ありがとな、テッちゃん」。
 背後から肩に触れてきた手と、耳元で聞こえた声の優しさと、微かに滲み出ている不安感のようなものに、黒子の胸はざわめく。

「僕には、このくらいのことしかできませんが……」

「十分だよ、ありがとう」

――いつからそんなに素直になったんだ、と思った。

 裏返せば、それだけ、彼には余裕がない。


 その後火神からかけられた言葉にうつむいて黙り込む、白美の顔を覗き込んだ。
 不安げに、何かに耐えているような、捨てられた子犬のような目が飛び込んでくる。

――本当に、いつからキミはそんなに。
 
 他にもっと、キミのためにできることはないだろうかと、思った。 

(what I can do for you)

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